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ストームライダース
ストーム ライダース 
監督 : ディック・ホール & ジャック・マッコイ
71分
1982年度 オーストラリア制作
★同時期に制作されたショートフィルム「コングス・アイランド」14分収録

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ストームライダース

 「ストームライダース」のコンセプトは、ニュー・プレイス、ニュー・フェイス。未開のサーフポイントをソウルサーファーが滑る。一方では1981年、歴史的大波で開催されたベルズビーチやバリ島でのコンテスト等、時代の分岐点にある瞬間も捉えている。バリ島でコンテストが開催される頃、すでにポピュラーなディストネーションとして定着、ハードコアなサーファーは更なる奥地のバージン・ウェーブを探し求めた。日本人プロが出演するニアス、グラジガンのジェリー・ロペス、「アジアの時代」が始まった。
サーフィン映画最盛期の最後に当たる80年代前半、桁外れの劇場公開成功を経て、ビデオ時代に突入。以降自宅でビデオを見る時代に入る。2001年ジャック・マッコイはシドニーのパームビーチを皮切りに世界各地で再び皆で大画面を見ながら興奮するサーフ・フィルム・フェスティバルをリバイバルさせた。音楽はドアーズの「ライダース・オン・ストーム」が使用され話題になったが、他は全てオーストラリアのバンドで固められている。メン・アット・ワークやリトルリバー・バンド、ムービング・ピクチャーズ、スプリット・エンド、チャーチ等はこれを機にアメリカに進出して世界的成功を収めてもいる。

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ディック・ホールとジャック・マッコイのコンビ、ホール&マッコイは1977年「チューブラー・スウェルズ」を世に送り出した。その成功を切欠にオーストラリア・フィルム・ファウンデーションの援助25万ドルを得て(当時の日本円で約8500万円)2年を費やし、本作「ストームライダース」を制作した。ディック・ホールは2002年英国女王陛下からサーフィン・フィルムに貢献、受賞。現在もオーストラリアのサーフィン・フィルムを配給し続けている。ジャック・マッコイはビラボンにサポートされ毎年1作のペースで作品を送り出している。2005年「ブルー・ホライゾン」、最新作は「フリー・アズ・ドッグ」とディックとジャックの2人は、今現在も世界をリードするオーストラリア・サーフィン・フィルムの最前線にいる。

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世界のベストポイントをベストサーファーがサーフィンする、しかも最高の時代に!
出演サーファー : ウェイン・リンチ、ジェリー・ロペス、ウェイン・ラビット・バーソローミュー、マーク・リチャード、ソートン・ファレンダー、ジョー・エンゲル、モーリス・コール、ピーター・マッケーブ、ショーン・トムソン、テリー・フィッツジェラルド、テリー・リチャードソン他。

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ロケーション : ☆オーストラリア/キラ、デュランバー、バレーヘッズ、シドニー、ベルズビーチ、ブラフ
☆インドネシア/クタビーチ、クタリーフ、ヌサ・レンボンガン、パダン・パダン、ウルワツ、ニアス、グラジガン
☆ハワイ/サンセットビーチ、ワイメア、オフ・ザ・ウォール 
☆南アフリカ/ジェフリーズベイ

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※ ボーナス・トラック 「コングス・アイランド」
ジャック・マッコイ制作のショートフィルム。ゲーリー“コング”エルカートンが主人公のショートフィルム。ラビット・バーソローミュー、チャッピー・ジェニングスが友情出演。

コングスアイランド


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1 「偉大なるハワイのサーフィン一族、エディー・アイカワに捧げる」と始まる。1977年、帰らぬ人となったアイカウ一族のエディーは古代ポリネシアンの文化と伝承を再現するために、太平洋を航海していた。ホクレア号は嵐に遭難する。エディーは助けを求めて一人パドルで陸を目指したが2度と戻ることはなかった。今ではハワイアン・ビッグ・ウエーバーの偉大なる象徴としてハワイ・ワアベイでエディーを偲ぶコンテストをクイックシルバー社により開催され続けている。 

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2 シドニー・オーストラリア
1976年プロサーフィンが産声を上げて以来、現在のWCTに至るまでオーストラリアは常に主要なメンバーである。当時はゴールドコーストからトップが輩出されたが80年代に入るとシドニー勢がトップを取り、21世紀に入ると再びミック・ファニング、パーコ、ディーン・モリソンのクーランガッタ・ボーイズがゴーイングオフしている。それでも多くのサーフィン産業、メディアが集中するのがシドニーである。

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3 マーク・リチャード
79年、81年、82年3度の世界チャンピョン、マーク・リチャード(MR)と言えばツインフィン。当時のMRサーフボードが再び人気を得ているのでご存知の若いサーファーも多いかと思うが、他と全く異なるスタイルは「傷ついたカモメ」と形容された。両手を翼の様に広げながら極端なクローズドスタンスで波を舞う姿は唯一無二、今もってMRに似たスタイルのサーファーを見た事がない。最盛期のMRのフルライドは地元のニューキャスルズ、ベルズビーチ等で撮影された。

4 サイモン・アンダーソン @ビッグ・ベルズ
1981年ベルズビーチでのリップカールプロは歴史に残る大会となった。シドニーのコークプロでサイモン自らデザイン・シェープしたトライフィンで優勝、続くベルズは歴史的な15フットの大波が押し寄せる中、他と異なる圧倒的なマニューバーで優勝。これでトライフィンが世界の標準になった。その81年のコークとベルズでのサイモンの圧倒的なマニューバーこそ近代3フィン時代の幕を切って落とした。歴史的大波と察したジャックはヘリコプターをチャーターして空中からの撮影に成功、陸ではディックが16ミリのカメラで歴史を記録した。

5 ウェイン”ラビット”バーソローミュー @バーレイ
1978年世界チャンピョン、現ASP会長、ゴールドコースト出身で現在もそこに暮らすウェイン・バーソローミューのサーフィンは攻撃的だが一方では芸術的チューブをメイクする。2003年にはスナッパーからサウスキラまで続く1,6キロ続く波を2分以上かけてのり、その半分以上チューブの中にいた。30年以上世界のトップに君臨するラビットが81年キラ、バーラー、デュランバーといった地元の波を紹介している。

MR & Rabbit

6 バリ
ウルワツでの2回目のコンテスト、ジム・バンクスとテリー・リチャードソンのファイナルを中心に、オージーチームのバリでのヌサレンボンガンへのトリップ、ウルのトム・キャロル、前回優勝のテリー・フィッツジェラルドのサーフィンも収められているが、テリーのサーフィンは得点では計り得れないサーフィンのアート性がある。グレッグ・ハグリンの「ファンタシー」のジェフリーズベイ同様、テリーファンは必見、バックサイドの1本である。

7 ピーター・マッケーブ & ソートン・ファレンダー @パダンパダン
コンテストをドロップアウトしたソートン・ファレンダーは旅を続けるうちにそうサーファーの域に入りバリ滞在中のピーター・マッケーブとパダンを滑る。ピーターはジェリー・ロペスとも親交の深いハードコアなサーファーとして知られている。ソートンは波の中腹でターンをしてバックサイドでは困難なチューブをグラブレール&レイドバックでメイクする。ピーターは豪、ボトムターンから波の高いポジションをキープしてチューブイン、メイクするとすかさずスラッシュを決める。フロント&バックサイドのアート的サーフィン。

8 ショーン・トムソン @南アフリカ Jベイ

9 ジョー・エンゲル @ゴールド・コースト
トム・キャロルと同世代で競っていたジョー・エンゲルはジュニアで優勝してトッププロへの道が約束されていたサーファーである。

10 ジャパニーズ・サーファー @ニアス
1981年6月 サーフィンクラシック誌の編集長、石井秀明自ら指揮を取り添田博道、蛸操、市川武、戸倉はディック・フール、ソートン・ファレンダー、ジョー・エンゲルとマレーシアで合流。一路にニアスを目指す。勝浦ほどの湾には完璧なライトハンダーが四六時中チューブを巻き「ここがパラダイス」である事を確認、これを気にバリ島以外のアジアに目が向けられ始めた。こうしてサーフィン界は、ハワイ、カリフォルニア、オーストラリア一辺倒から一気に「アジアの時代」へ向った。この年、サイモン・アンダーソンがトライフィン(スラッシャー)で世界のサーフィンを変革したのだが、ソートンのボードはゴールドコーストの名匠デック・バン・ストラーレンがシェープした6,3’シングルフィンである。ベルズでサイモンがトライフィンで大波を制したのが3月、ニアスの撮影は6月、あえてシングルフィンを選んだソートンのサーフィンはある意味、アンチ・コンテストだったのかも知れない。

11 アジアン・パラダイス
シャロン・オニールが歌うバラード「アジアン・パラダイス」とソートン・ファレンダーのフリー・サーフィンは完全無欠にシンクロナイズした。ニアス島ラグンディーでのフリーサーフィンは最高に美しい。この章の最後のライディング、深いチューブから出てくると波のトップでレールを掴んで大きなラウンド・ハウスカットバックからバックハンドでスープに当て込むサーフィンは話題になった。

12 ハワイ
今も昔も変わらないハワイのツーリズムは偉大だ。81年、歴史に残る最大の南うねりをキャッチしたアラモアナでのシーンが収められている。多くのサーファーがワイプアウトする中、ジェリー・ロペスは完璧なライディングを見せる。

13 ノースショアーのステージ、オフザウォール、ワイメアベイ、サンセットビーチ、パイプラインを滑るショーン・トムソン、シェーン・ホラン、バテンス、マイケル・ホー、ボビー・オーエンス、そしてジェリー・ロペスのサーフィンはパーフェクトだ。

14 ジェリー・ロペス @グラジガン
当時はマイク・ボイヤムが独占していたグラジガンの1日US100ドルのサーフキャンプは、、心の平和とフル・オン・サーフィンのために毎シーズン、ジェリー・ロペスはここを訪れていた。パイプラインの雑踏を嫌いマスコミに登場しなくなっていた頃を克明に映し出している。

15 ウェイン・リンチとドルフィンズ 
ラストを飾るのはイルカである。ウェイン・リンチが人里離れたビーチでイルカと遭遇する。彼等こそ波を自在に滑るヒーローなのかも知れない。南オーストラリアと表記されているが、西オーストラリアのブラフである。今もって僻地であるが以前は完全なシークレットポイントのため実名が伏せられた。ウエイン・リンチとモーリス・コールが、キャンプ生活を通してイルカとコミュニケーションを取るようになり、まさにファイナルに相応しいメッセージである。南オーストラリアと表記されているが、西オーストラリア州のブラフ。かつて誰もここでは16mmを廻さなかった。シークレットして地名を公表する事は許されなかったので、あえて真実を伝えなかった。
| サーフフィン ムービー | 19:40 | comments(0) | trackbacks(0) |
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