Mike McCarthy (マイク・マカーシー)ニューアルバムのリリース、日本ツアー決定のお知らせ
Mike McCarthy (マイク・マカーシー)ニューアルバムのリリース、日本ツアー決定のお知らせ


オーストラリアNSW州ノースコースト出身のシンガーソングライター。マイクの音楽の魅力はフォーク、ブルースに加えて浮揚感のあるトリップ感であろう。レイドバックするサーフタウンから知れ渡った「海の吟遊詩人」である。今を時めくサーフ系フィルムメーカーのサイラス・サットンの「ストークト&ブローク」、ネーザン・オールドフィールドの「シーワーシー」をはじめ、日本でも「稲村クラシック2013」などで使用されているのがその証拠である。レコーディングはニールヤングのハーベストを思い起こす自前の納戸を改造したスペースで行われる。聴く者を陶酔の世界に引き込むギターと歌のパワーは底知れない。弾き語り、ギターデュオ、バンド編成と多くのファクターを持つ。クラシックスタイルのロングボードを美しく描いたフィルム「ラインフロムアポエム」の音楽を担当し、優雅にシンクロするサウンドで高い評価を得た。

最新作「シーサイド」はベスト・プラス新曲を交えた集大成。ジャケットに表現されているようなメローな「海の音楽」のタペストリー集。




お買い物はコチラから


今、世界中のサーフ系フィルムメーカーが注目するミュージシャン。
繊細なギターワークと美しいメロディーは、
広大な海岸線の大自然が育むサウンドである。


(来日ライブ)
5月22日 横浜 サムズアップ with Keison & Kazz
5月25日 グリーンルーム 横浜赤レンガ倉庫
ブルーヨンダー(当社発売の写真集)の ジェームス・マクミランも、グリーンルームに来日します。
5月26日 東京目黒・ミランダブルー with Keison & Kazz
5月30日 大阪ファーニチャー バードカフェ



The Lion's Share (Acoustic) from Mike McCarthy on Vimeo.



JUGEMテーマ:音楽


| サーフミュージック | 15:03 | - | - |
イナムラクラシック 2013 DVDのご案内

イナムラクラシック 2013


お買い物はコチラ

9月26日、24年ぶりに開催されたイナムラ・サーフィン・クラシック・インビテーションはDVD化

日本のサーフィン史上に残るコンテストで全国放映のテレビ、全国紙などでも大きく扱われました。

サーフィンだけではなく、選手、役員へのインタビュー、稲村の歴史などを交えた
ドキュメンタリーフィルムです。

撮影は、固定2台、手持ち1台、水中1台(タコスフィルム)の4台の4Kカメラで行いました。ナレーションはテレビCM、役者などで活躍している渡辺克己http://k-works.jp/ , 英語のパートは、文化人的お笑い芸人「パックン・マックン」のパックンが担当します。音楽は、ボウ・ヤングなどのプロデューサー、DCが本作のために書き下ろした「イナムラセレナード」とはじめ、インストルメンタルバンドのOKA、マイク・マカーシーのギター、サーフミュージックのレジェンド的存在のPICOなどが担当します。

DVD  「 イナムラクラシック 2013 」
商品番号 UD-5005
定価 4,200円 (消費税込み)
紙ジャケット ポストカード付き



| - | 16:08 | - | - |
デレク・ハインドがデザインするフィンレスボード2
FFFFハインド・デザイン
デレク・ハインドがデザインするフィンレスボード





☆FFFFと命名される以前のフィンレス。第1段階である。
場所はシドニーのバギャン。日本人フィルムメーカー糸井制作の
DCD"ソウルフル"より。デレクはノーマルのトライフィンをフィンレスにして
スタートさせている。







☆フィンレス第1段階、最終章、デレクが主催したフィンレスの
祭典ミュージカ・サーフィカのプロモビデオの一部。
2008年、場所はキングアイランド。トム・キャロル、トム・ウェゲナー、
デーン・ピーターソン、ベリンダ・バグス、セージ・ジョスケなどが
参加して行われたが、ベストライディング賞は、サウンドトラックを
担当したオーストラリア・チェンバー・オーケストラの
指揮者リチャード・トニッティーが獲得。彼はその時点で唯一人バックサイドで
波を攻めたからである。




☆南アフリカ、ジェフリーズベイ
FFFF第2段階
11万回の視聴を越えた伝説のスタート。
世界中のサーファーに衝撃を与えた42秒。





☆まさにFFFF第3段階の完成間近である。
デレクの師であるテリー・フィッツジェラルド家の長男
カイ・フィッツジェラルドと北アフリカ、未開のサハラを
旅した際の貴重なシーンである。途中、70年代後期のデレクが
ツインフィンにストラップを装着してライディングするシーンが
挿入されるが、30年以上前から今を予測するサーフィンをしていたのだ!
バックサイド&フロンとサイドでフィンレスのライディングが確固たる
ものになっていく。





☆FFFF第3段階の最終章であるフィルム”リーフ”のプロモビデオ。
ウェスタンオーストラリアのレフトをかつてないラインで走る。
フィンレスのバックサイドは困難を極めるが、デレクはニューポートの
北端、ケイブからチャレンジを始め、独自のターンと加速、ホットスポットを
キープするライディングを完成させ始また。2011年ことである。





☆南アフリカ、ジェフリーズベイ
FFFF第3段階
オーストラリア・チェンバー・オーケストラとのコラボレーション”グライド”より
コンチネンタルターン、さらにはフィンレスでは不可能とされた
トップでのスタンディングなど新境地を開拓する。
フィンレスはクラウチング、すなわち常に低姿勢でボードを制御するのが
基本中の基本だが、デレクは波のトップでのフルスピードを利用して
スタンディングポーズが可能であることを証明する。
まさにアンドリュー・キッドマンの名作「リトマス」の中で見せた
1997年ジェフリーズベイでのフィッシュの次の次元を開拓した。





☆南アフリカ、ジェフリーズベイ
ブッシュラッツがシェープしたデレク・ハインド・モデル”キャット”をフィンレスに改良した
スモールボードで見せるフィンレスの基本的ライディング。ジミ・ヘンドリックスとの
シンクロが最高だ。





☆スモールでマッシーな波でのライディング。
ミディアムサイズのボードでリバースを進化させていく過程が垣間見れる。
音楽がレオン・ラッセル。デレクのお気に入りのひとつの古典的アメリカンロック。





☆カリフォルニアでのタイラー・ウォーレンとのセッション。
タイラーはミニシモンズでマニューバーを描くの対して
デレクはミディアムサイズのボードで、さらなるスピードで
ホットスポットを維持しているのが分かる。
いかにフィンレスが速いボードであるかが一目瞭然だ。





☆デレクの地元、シドニーニューポートのニューポートリーフと
クレジットされているが、実際はアウトサイドのクロスウェーブでの
クルージング。FFFF第2段階である。





☆ニューヨーク・ロングアイランドでのバックサイド・サーフィン。
フィンレスでのバックサイドはスターと当時は不可能とさえ考えられた。
ボードの改良、主に非対称のデザインとすることで背中向きでも
波の壁に張り付きやすくなることが徐々に判明して行く。




動画が表示されない場合はコチラ

http://www.youtube.com/watch?v=PG6CNkdPHJQ&feature=player_embedded


☆ニューヨークのサーフショップ、ピルグリムを訪れた際の
インタビュー。フィンレスの可能性、マーク・オクルーポ、トム・カレンとの
思い出などをショップオーナー、クリスに語る。途中で
ニューヨークのビーチブレークでのフィンレスも見ることができる。
画像は悪いが、興味深い発言である。





☆ジャック・マッコイの新作"A DEEPER SHADE OF BLUE"で
フューチャーされているデレクのライディング。
デレクはジャックがスピンばかりフューチャーしているのに
強い不満を抱き、多少の編集がされた。場所はヌーサヘッド。
アライアとの対比で、いかにフィンレスが未来形であるかが分かる。









| サーフフィン ムービー | 16:03 | - | - |
FFFF Hynd Design / Far Field Free Friction デレク・ハインドがデザインするフィンレスボード
FFFFハインド・デザイン
デレク・ハインドがデザインするフィンレスボード
※販売ボードとは異なります。













これら8本のサーフボードは西オーストラリアの「ザ・リーフ」へのジャーニーのためにデレク・ハインドによってデザイン及びリシェープされたものである。フィンレスサーフィンと音楽のコラボレーションは「ミュージック・サーフィカ」、「グライド」そして3作目になる「ザ・リーフ」で第1章を完結しようとしている。それぞれのボードにはデレクが名前を付けたFFFFにおいて貴重な物的証拠である。

FFFF Hynd Design / Far Field Free Friction

写真の左から右へ 


1.‘Cheese Board’ チーズボード
6'2" x 21" x 2.5" x wide point 6 inches up of the centre.

チーズボードはザ・リーフ・プロジェクトへ旅立つ数時間前にバイロンベイのVSTRでモデファイされた。リシェープされグラッシングし直された。しかし完成系ではなかったが、エッジが鋭く削り直された。2003年以降デレクがフィンレスから得た経験を結集したボードである。チーズボードはタスマニアのキングアイランドでデレクが開催したフィンレスサーフィンのフリーコンペティション「ミュージカ・サーフィカ」のため、NSW南海岸のジェド・ダーン(ブッシュラッツサーフボード)がシェープしたものだ。チーズボードはデレクとトム・ウェゲナーとの間で議論の原因となった。ジェドは波のポケットのフェイスに最大限に張り付くためにボードのスピードを最大限に抑えるようにデザインし、それはフリーフリクション・サーフィンの逆の側面を意味していた。スピードを犠牲にして一番波が張るカールにポジション取りするためである。ウェゲナーはこの方法を好んだが、デレクは逆であった。2人は猛烈な議論を繰り返したが、結局チーズボードはスピードボードに変えることはできなかった。



2. “MUMBLES” マンブルズ
7'0" x 19.5" x 2.75" x wide point at centre.

マンブルズはデレクが1年前に、南アフリカのジェフリーズベイで最も信頼できる7フットのオールドイェラと呼ぶボードのフィンを取り除き改良された。この9ヶ月、デレクはマンブルズをあたかも生き物を見るかのように眺めていたが、結局これに乗ることはなかった。しかしザ・リーフに満ち込むことを決めたのだが、理由はバックハンド用に改良したからである。バックハンドでフィンレスを乗りこなすことは困難を極めたが、非対称の理論を用いた改良がボトムとレール全体に施された。西オーストラリアのソリッドなレフトに対応するために工夫がなされているが、実は最大の改善はグラッシングにある。マンブルズ方式と呼ぶグラッシングは、ハワイのカウアイ島でベサニー・ハミルトンとアラナ・ブランカードのコーチを務めるラッセル”マンブルズ”ルイスが開発した革新的なデッキ面の加工である。デレクはこのグラッシングは最も軽く強く、かつ紫外線も通さないと確信している。

3.‘The Italian’  ザ・イタリアン
5"8" x 24" x 3" x wide point 8 inches up from centre.

2011年、デレクと私はサーフボードを待たずにイタリアへ行った。もちろん目的はイタリアの波に乗ることだった。目的地の地中海の島へ渡ると突然うねりがやってきた。私たちの案内役イタリア人サーファーは、地元シェーパーのロバートが営むサーフラボタリーに連れて行った。そこでデレクは彼が今までにシェープした中で一番出来の悪いボードを欲した。そのボードをフィンレスにするために夜明けまでデレクのアドバイスで作業は続いた。デレクはどんなに酷いボードでもフィンを取り除き、ボトムやレールにFFFFの理論でリシェープして改善することが可能なことを証明したかったのだ。それが最悪のボードを欲した理由である。イタリア西海岸の島にはカリフォルニアのスティーマーレーンのようなライトとレフトの三角波がブレークし始め、樹脂が乾き切らないフィンレスがテストされた。速いレフトと小さめのライトは日本の湘南のビーチブレークに似ていたとデレクは言い、ボードは波に機能した。島に着いて1週間してノーズが短くリシェープされたが、結果が失敗に終わった。明らかにバックハンドでスピードがロスした。そしてザ・リーフで乗られることはなかったが、デレクはミスを犯したことを後悔はしていない。なぜならばそれもまた進化の途中には必要不可欠な実験だからだ。


4. ' Old Yella’  オールドイェラ
7’0" x 20 x 2.75" x wide point at centre. Asymmetrical swallow tail.

色褪せたこのボードは最近、オールドイェラと命名された。デレクはこのボードこそ最高のオールラウンダーと言う。2008年にジェフリーズベイ用にシェープされた7フットはデス・ソーヤーとデレクによってFFFFに改良された。シドニーのビッグウェーブで酷い目に合った経験から、今までにはない革新的なデザインが施された。1フィートから10フットまで乗りこなすためにリシェープされたが、実際にバイロンベイとジェフリーズベイで小波から大波までデレクはこのボードで乗りこなした。特にジェフリーズベイの大波では、波の斜面を横切るスピードと角度は今まで見たことのない、また想像すらしたことがなかったほど凄まじい。オールドイェラは全く新しい創造物で、不可能とされた領域を可能にした。ボトムの輪郭は、スワローテールの間に施されたコーンケーブとレールの内側の深いチャンネルが特徴である。チャンネルのエッジは鋭く尖り、センターに行くに従い滑らかになっている。このボードはデレクとチャンネルアイアランドが18ヶ月間に及ぶ研究と発展の頂点と言える。サンタバーバラで限定的に生産され始めているが、デレクは現実性を秘めた実験だと信じている。ザ・リーフではライトとレフトの両方で充分に加速を得られことが判明したので、近い将来販売される可能性もあるだろう。


5. ‘The PAT’  ザ・パット
6’6" Roundtail x 21" x 2.5" x wide point 2" below centre.

パットの名前はオーナーに由来している。オリジナルの持ち主はデーン・ピーターソンとベリンダ・バグスだ。もともとパタゴニアの宣伝のために2人はこのボードに乗っていたのでパットと呼ぶようになり「ミュージカ・サーフィカ」に参加するためにキングアイランドに持ち込まれた。そこでパタゴニアのロゴが削り取られ、テールは大きく変えられ、ノーズは完全なラウンドに変えられた。もちろんフィンは取り除かれボトムとレールも別物になった。結果ミニマル風に生まれ変わり、テールは随所で改良がされ、広くなったり狭くなったりオリジナルのデザインとは大きくかけ離れた。またソフトなチャンネルは掘れた波で容易くスリップするのでクリティカルなポジション取りには有利に働いた。元々はビギナーでも楽しめるボードだったので、これからフィンレスにトライするサーファー向けである。初めて体験するであろう自由にスライドするマニューバーは、今までとは全く異なる革新的なサーフィンだ。オリジナルは7’6”だったが、デーンが見事に切り落とした。デレクはパットでジェフリーズベイのビッグウェーブをメイクして、そのシーンはユーチューブにアップされ、世界中から膨大なアクセス数を得た。デレクはいとも簡単そうに乗りこなしているが、ここに至るには8年間の調査と研究と実験が絶え間なく繰り返し行われたということを忘れてはいけない。ジャック・マッコイの新作フィルム「ディーパー・シェード・オブ・ブルー」でも見ることができる。しかし残念なことにパットは西オーストラリアのボンバイで数枚の良い写真が撮影された後に、6フットの水圧に押しつぶされ真二つに折れてしまった。折ってしまったのは私である。オーストラリア室内オーケストラの指揮者リチャード・トニッティーのお気に理のボードだったので、その一部始終を目の当たりにして彼はとても悲しんだ。リチャードはこのボードでFFFFを習得したのだから、大切なものを失った感情は察するに偲び難い。唯一良いニュースはバイロンベイのリペアーの名人、サイモン・モルトバイがパットを進化させ修理させた点である。デレクの指示はグラッシングで重さを増し、ボトムのエッジが鋭くすることだった。その結果パフォーマンス性が著しく向上した。


6. “McTavish Blood Board” マクタビッシュ・ブラッドボード  
5 ft x 3.5" x wide point ON TAIL.

マクタビッシュ・ブラッドボードは折れたロングボードをデレクと私でシンプルに前の部分をリサイクルしたもので、小波用ではなくパワーのある波用のボードだ。名前の由来は私が真っ赤なエアブラシを吹いたからで、デレクはホットドッグボードのように乗り回した。特にケープバイロンのレフトで変幻自在のバックサイドを展開した。レフトで強い、それが理由で大陸を横断してザ・リーフに持ち込まれた。

7. 'THE L BOARD'  ザ・Lボード
6'6" x 20" x 2'5" x wide point centre.

デレクの親友リチャード・トニッティーのために、ザ・リーフ用にリサイクルしたボードがザ・Lボードだ。リチャードはソリッドでパワフルな掘れ上がったレフトで真価を発揮することを発見した。フィンレスはレールを立たせることで安定するが、レールを切り刻むことで、水圧が強い波でより安定する特別な仕掛けがある。それがこのボードの秘密である。

8. ‘Swallowtail Catfish’  スワローテール・キャットフィッシュ
6’6" x 19" x 2.75" x wide point 4" up from centre.

2006年に開催した「ミュージック・サーフィカ」以来、最初に大幅修正されたボードが、スワロー・キャットフィッシュだ。またジェフリーズベイで初めて撮影されたフィンレスボードで、ユーチューブで初めてデレクのフィンレスが話題になったボードでもある。
当時デレクはボトムとレールに水の抵抗を与えるためにエッジを鋭くした。あれから6年を経て、ザ・リーフに適用するようにさらなる修正が施され成功を納めた。デレクはザ・リーフにグーフィーフッターのライアン・バーチを招待したが、スピードとリリースと加速の3要素が美しいまでに結合した素晴らしいラインを描いた。このボードはフィンが初めてサーフボードに付けられた1930年代から2012年の間に失われた時間そのものだ。キャットフィッシュにエッジはナイフのように鋭く、カールにへばり付く代わりに先に進み続ける。ワイドポイントは前方にあり、デレクとライアンはフロントサイドとバックサイドの両方で自由なマニューバーを描けるようにと、キャットフィッシュ・ボードを改良した。そして2人によって完璧なまでに完成した。












| サーフィン情報 | 15:13 | - | - |
サーフィンDVD: Thirty Thousand -SURFING ODYSSEY FROM CASABLANCA TO CAPE TOWN- 「アフリカ30,000キロ」
Thirty Thousand
SURFING ODYSSEY FROM CASABLANCA TO CAPE TOWN
邦題「アフリカ30,000キロ」
監督 : リチャード&アンドリュー・ジェームス




お買い求めはコチラから



★サーフィンワールド・インターナショナル・サーフフィル・フェスティバル2012年ベストフィルム賞受賞
★ハワイ・オーシャン・フェスティバル2012年ベストフィルム賞受賞
★インターナショナル・サーフフィルム・フェスティバル・ベストサウンドトラック賞受賞
★ニューヨーク・サーフフィルムフェスティバル・ベストサウンドトラック賞受賞
★インターナショナル・サーフフィルム・フェスティバル・ベストオーディエンス賞受賞



(解説)
世界各地のサーフフィルム・フェスティバルで数多くの賞を受賞した「アフリカ30,000」。オーストラリアのフィルムメーカーでサーファーの双子の兄弟、リチャードとアンドリュー・ジェームスの2人は、世界でも今だサーフポイントが開発されていないアフリカ西海岸への壮大なサーフトリップを決行した。





先ずは砂漠を走破するためにトヨタランドクルーザーの整備と、いかなる状況でも自分たちの手で修理が出来るようになることから始まった。サーフボードは、レジェンドサーファーでシェーパーのホットバタードのテリー・フィッツジェラルドのシングルフィン、シドニー・レトロボード復興立役者KEYOのショーン・ワイルドのロングボードとフィッシュ、さらに自ら削ったクラシックスタイルのロングボードとフィッシュが用意された。3本フィンのショートボード以外の個性的なサーフボードでの波乗りはスタイリッシュである。



  
次に各国へのビザ取得だが、アフリカ西海岸はアンゴラをはじめ紛争地域もあり入国が困難な国が多い。事前に旅をイメージする音楽も集められた。そして、キャンプ道具、撮影機材、そして3名のタフなカメラマンを加えた計5名によるチームが結成された。この膨大なプロジェクトを行う資金は一切のスポンサーなし、全て自己負担で賄われた。つまり100%の賭けである。シドニーからランドクルーザーを含めて機材一式はロンドンへ空輸され「アフリカ30,000キロ」の旅の準備は整った。







トリップは北アフリカのモロッコから始まり、ウェスタン・サハラ、セネガル、ガンビア、リビエラ、アンゴラ、ナンビア、そして最終目的地の南アフリカを目指す。この間9ヶ月の及ぶ旅で、数多くのヴァージンポイントがサーフされ「アフリカ30,000キロ」で世界初公開された。初めて見るアフリカの長いポイントブレーク、エキゾチックなアフリカンカルチャー、そして鮮やかな高画質の色彩と最高の音楽はサーファーのみならず、旅の醍醐味を満喫できるだろう。












お買い求めはコチラから
| サーフフィン ムービー | 12:48 | - | - |
<< | 2/11PAGES | >>