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    <title>ozartsurfインフォメーション</title>
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    <description>オーストラリアのサーフィンカルチャー、音楽、映像販売サイトのインフォメーション</description>
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    <title>アンドリュー・キッドマンの写真集：｢エーテル｣が再入荷しました</title>
    <description>アンドリュー・キッドマンの写真集：エーテルが再入荷しております。

すぐに完売する事も予想されますので、お早めにどうぞ。

アンドリュー・キッドマン写真集はコチラからどうぞ</description>
<content:encoded><![CDATA[
アンドリュー・キッドマンの写真集：エーテルが再入荷しております。<br />
<br />
すぐに完売する事も予想されますので、お早めにどうぞ。<br />
<br />
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]]></content:encoded>
    <dc:subject>サーフィン ブック（本）</dc:subject>
    <dc:date>2008-10-21T15:49:21+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ozartsurf</dc:creator>
    <dc:rights>ozartsurf</dc:rights>
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    <title>サンディエゴ・フィッシュについて</title>
    <description>カリフォルニアにおけるサーフィンは、ショートボード、ロングボード、ボディーボード、ボディーサーフィン等と実に幅広く親しまれているが、フィッシュボードも忘れてはならない存在であり、カリフォルニアではフィッシュボードに乗るサーファーも少なくない。カリフォル...</description>
<content:encoded><![CDATA[
カリフォルニアにおけるサーフィンは、ショートボード、ロングボード、ボディーボード、ボディーサーフィン等と実に幅広く親しまれているが、フィッシュボードも忘れてはならない存在であり、カリフォルニアではフィッシュボードに乗るサーファーも少なくない。カリフォルニアにおけるフィッシュボードはオルタネーティブ系のボードを指し、サンディエゴ・フィッシュとして我々の日本でもその愛好者は増え続けている。<br />
<br />
サンディエゴ・フィッシュの歴史を見ると、スキップ・フライは大変重要な存在である。彼はサンディエゴ・フィッシュの大御所、スタイル・マスターと称されており、スキップのサーフボードの価値は非常に高い。<br />
<br />
<a href="images/skip1.jpg" target="_blank"><img src="images/skip1.jpg.300px.jpg" width="300" height="200" alt="スキップ　フライ1" class="pict" /></a><br />
<br />
このサンディエゴ・フィッシュのオリジン（オリジナル）は、スティーブ・リズが最初に削った所から始まる。リズは元々ニーボーダーとして最も速いボードを探求、作り出したのがフィッシュ・ボードの原点である。<br />
<br />
スキップ・フライ氏を取材、インタビューした中でスキップ氏は“サンディエゴ・フィッシュを生み出したのは、他でもないスティーブ・リズであり、僕もリズからフィッシュにおけるシェイプを学んだんだ”と答えている。スキップ・フライがスティーブ・リズからボードシェイプを学び、それを“スタンドアップ・サーフィン用”として改良〜現在のスタンダードを作り上げたのは有名な話である。<br />
<br />
そのサンディエゴ・フィッシュはスキップ・フライ氏が現在のスタンダードを作り上げ、後の世代にその技術を伝えている。また、スキップ、ボブ・ミッツベン、ラリーメイビル等の一流シェイパーに技術が伝えられ、現在スキップ氏に一番近くに居るシェイパーがジョシュ・ホールである。<br />
<br />
<a href="images/skipandjosh2.jpg" target="_blank"><img src="images/skipandjosh2.jpg.300px.jpg" width="300" height="200" alt="スキップ　フライ＆ジョシュ　ホール2" class="pict" /></a><br />
<br />
<a href="images/skipandjosh1.jpg" target="_blank"><img src="images/skipandjosh1.jpg.300px.jpg" width="300" height="200" alt="スキップ　フライ＆ジョシュ　ホール" class="pict" /></a><br />
<br />
ジョシュは幼少の頃からスキップ氏から可愛がられ、よく彼のボード倉庫から好きな板を選んでサーフィンさせてもらっていたという。又、サーフボードシェイプの技術だけでなく、その精神論を教えてもらい彼は大量生産を好まず全てハンドシェイプで生産を行っている。<br />
<br />
<a href="images/josh_shape.jpg" target="_blank"><img src="images/josh_shape.jpg.300px.jpg" width="300" height="200" alt="ジョシュ　ホール" class="pict" /></a><br />
<br />
ジョシュはスキップ氏を“第二の家族である”と言っている程、仲が良い。<br />
<br />
<a href="images/skipandjosh3.jpg" target="_blank"><img src="images/skipandjosh3.jpg.300px.jpg" width="300" height="200" alt="スキップ　フライ＆ジョシュ　ホール3" class="pict" /></a><br />
<br />
スキップ・フライ氏のボードに対する想いは一般的なアメリカ人と比べる事が出来ず、彼は自身のサーフボードを非常に大切に扱っており、サーフィン後は彼自身で用意したポリタンクの水でボードの砂や塩を綺麗に落とし、しっかりと水を拭きとってからボードケースに入れていた。<br />
<br />
<a href="images/skip2.jpg" target="_blank"><img src="images/skip2.jpg.300px.jpg" width="300" height="200" alt="スキップ　フライ2" class="pict" /></a><br />
<br />
<br />
そのスキップ氏にフィッシュを教えたサンディエゴ・フィッシュの考案者であるスティーブ・リズ氏も彼自身の弟子を持ち、その伝統的なサンディエゴ・フィッシュを受け継いだのがリッチ・パヴェル氏である。<br />
<a href="images/pavel.jpg" target="_blank"><img src="images/pavel.jpg.300px.jpg" width="300" height="200" alt="リッチ　パベル" class="pict" /></a><br />
<br />
パヴェルもまた、リズから受け継いだ精神、技術を惜しみなく現在はオーストラリアのダニエル・トムソンに託している。<br />
<br />
そのオーストラリアのフィッシュは、<a href="http://www.ozartsurf.com/internet_shop/surf_good/keyo/keyo_01.htm" target="_blank">KEYO</a>のジョン・ギル氏もリッチ・パベル氏がKEYOのファクトリーでデレク・ハインド氏向けの板を削ったところから始まる。ジョンはサンディエゴ・フィッシュを探求し、自分の物にした。<br />
<br />
<img src="images/jg.jpg" width="322" height="150" alt="KEYO ジョン・ギル" class="pict" /><br />
<br />
そういう意味では、KEYOのフィッシュはリッチ・パベルに伝授されたと言っても過言ではない。<br />
<br />
<a href="http://www.ozartsurf.com/internet_shop/surf_good/keyo/keyo_01.htm" target="_blank"><img src="images/fish-front.jpg" width="137" height="300" alt="KEYOフィッシュ" class="pict" /></a><br />
<br />
現在の<a href="http://www.ozartsurf.com/internet_shop/surf_good/keyo/keyo_01.htm" target="_blank">KEYOサーフボード</a>は、ジョンギルを筆頭にスキップフライ直伝のシェープを伝授されたショーンワイルド、エッグボードの継承者ハイデンの3名で全て創られる。<br />
<br />
<br />
彼等は今年に行われたフィッシュ・フライ・ジャパン（静波）にも参加し、ダニエルも伝統的なサンディエゴ・フィッシュを受け継いでいる。<br />
<br />
今後もサンディエゴ・フィッシュをはじめ、オーストラリアのフィッシュも日本で多く見かけるようになると思う。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>サーフィン情報</dc:subject>
    <dc:date>2008-08-04T09:42:53+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ozartsurf</dc:creator>
    <dc:rights>ozartsurf</dc:rights>
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    <link>http://www2.ozartsurf.com/?eid=947615</link>
    <title>チュブラースウェルズ</title>
    <description>チュブラースウェルズ
1976年	オーストラリア　ホール&amp;マッコイ制作

1時間40分

特典映像　「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」15分　
「1976ジェフリーズベイ・ザ・セッション」6分



ご購入はコチラ



20世紀サーフィンフィルムの最高峰を極めた、そして決...</description>
<content:encoded><![CDATA[
チュブラースウェルズ<br />
1976年	オーストラリア　ホール&マッコイ制作<br />
<br />
1時間40分<br />
<br />
特典映像　「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」15分　<br />
「1976ジェフリーズベイ・ザ・セッション」6分<br />
<br />
<img src="images/tubular_swells_main.jpg" width="121" height="168" alt="チュブラースウェルズ" class="pict" /><br />
<br />
<a href="http://www.ozartsurf.com/internet_shop/movie/menu/movie_top.htm" target="_blank"><span style="color:#FF0000">ご購入はコチラ</span></a><br />
<br />
<a href="images/tubular_note.jpg" target="_blank"><img src="images/tubular_note.jpg.300px.jpg" width="212" height="300" alt="チュブラースウェルズ5" class="pict" /></a><br />
<br />
20世紀サーフィンフィルムの最高峰を極めた、そして決して色褪せる事ない名作の中のマスターピース。プロサーフィン設立の前年、1975年前後は数々の歴史に残るセッションズが繰り広がれた。ハワイ、オーストラリア、バリ、インドネシアで捉えられたシーンはその真髄である。またインドネシアへのアドベンチャー・サーフィン時代の切欠となった作品でバリからレンボンガン、グラジガン、更なる未知の世界へのトリップはアドベンチャーそのものだ。そこにはジェリー・ロペスが滑る初期のグラジガン、テリー・フィッツジェラルドが走るジェフリーズベイ等、本当のクラシックを見る事が出来る。<br />
<br />
<<img src="images/1-landscape-0120.jpg" width="300" height="202" alt="" class="pict" /><br />
<br />
ホール&マッコイのコンビはインドネシアのシークレットを開拓して陸上と水中から撮影、この現代の巨匠コンビが制作した傑作「ストームライダース」より6年前、ここにその偉大な布石を見ることが出来る。最高のカメラワークと最高のサーファーと最高な波はサーフアドベンチャーの夜明けをダイナミックに映し出した。サウンドは70年代のロックが満載、こちらも色褪せないロックの真髄だ。<br />
<br />
ボーナストラック<br />
★「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」アンダーグラウンドヒーロー、ウェイン・リンチをフューチャリングしたショートフィルム」。<br />
★プラス「1975年南アフリカ・ジェフリーズベイでの歴史に残るハワイアンとオーストラリアサーファーのセッション」まさにスタイルマスターだ。<br />
<br />
出演：　マーク・リチャード、ラビット・バーソロミュー、ショーン&マイケル・トムソン、ジェリー・ロペス、ローリー・ラッセル、マイケル・ピーターソン、ラリー・バートルマン、テリー・フィッツジェラルド他。<br />
<br />
<img src="images/Peter-Drouyn-1-0135.jpg" width="300" height="202" alt="" class="pict" /><br />
<br />
<img src="images/Michael-Peterson-0122.jpg" width="300" height="207" alt="" class="pict" /><br />
<br />
<img src="images/Stubbies-1977-0197.jpg" width="300" height="194" alt="" class="pict" /><br />
<br />
<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>サーフフィン　ムービー</dc:subject>
    <dc:date>2008-07-16T16:20:53+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ozartsurf</dc:creator>
    <dc:rights>ozartsurf</dc:rights>
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    <link>http://www2.ozartsurf.com/?eid=947606</link>
    <title>CHILDREN OF THE SUN</title>
    <description>CHILDREN OF THE SUN
太陽の子供達

制作1968年　ニューランド　マックアルパイン・フィルム制作
全55分　



ご購入はコチラ

1964年ハリウッドムービー「エンドレスサマー」が世界的大ヒットを遂げると、アメリカは元よりオーストラリアでもサーフィン映画制...</description>
<content:encoded><![CDATA[
CHILDREN OF THE SUN<br />
太陽の子供達<br />
<br />
制作1968年　ニューランド　マックアルパイン・フィルム制作<br />
全55分　<br />
<br />
<img src="images/children_of_the_sun_cover.jpg" width="63" height="90" alt="CHILDREN OF THE SUN" class="pict" /><br />
<br />
<a href="http://www.ozartsurf.com/internet_shop/movie/menu/movie_top.htm" target="_blank"><span style="color:#FF0000">ご購入はコチラ</span></a><br />
<br />
1964年ハリウッドムービー「エンドレスサマー」が世界的大ヒットを遂げると、アメリカは元よりオーストラリアでもサーフィン映画制作が始まった。ニュージーランドで撮影された「チルドレン・オブ・ザ・サン」は16ミリで撮影された本格的ロードムービーである。<br />
<br />
<a href="images/BOBMcTFF.jpg" target="_blank"><img src="images/BOBMcTFF.jpg.300px.jpg" width="300" height="240" alt="CHILDREN OF THE SUN2" class="pict" /></a><br />
<br />
<a href="images/CHEVYFF.jpg" target="_blank"><img src="images/CHEVYFF.jpg.300px.jpg" width="300" height="240" alt="CHILDREN OF THE SUN3" class="pict" /></a><br />
<br />
水中からの撮影は現在も色褪せない魅力である。これ以降のサーフィン映画制作に大きな影響を与えた。ストーリーはロードムービーの原点、波を求めて旅をする。一行はニュージーランド国内を走り回り、当時は地の果てラグラン等でクラシックな波に当たる。またオーストラリアへ渡り東海岸のポイントブレークでセッションを繰り広げる。<br />
<br />
<a href="images/george1.jpg" target="_blank"><img src="images/george1.jpg.300px.jpg" width="300" height="240" alt="CHILDREN OF THE SUN4" class="pict" /></a><br />
<br />
<a href="images/george2.jpg" target="_blank"><img src="images/george2.jpg.300px.jpg" width="300" height="240" alt="CHILDREN OF THE SUN5" class="pict" /></a><br />
<br />
古き良き時代へのノスタルジーと変わることないクラシック・スタイルのサーフィンを満喫できる。<br />
<br />
<a href="images/GIRLFF.jpg" target="_blank"><img src="images/GIRLFF.jpg.300px.jpg" width="300" height="240" alt="CHILDREN OF THE SUN6" class="pict" /></a><br />
<br />
ブルース・ブラウン　／　エンドレスサマー監督<br />
「かつて見たサーフフィルムの中で、サーフフィルムメーカーの立場から見て最も優れた作品だ。クリスピーなオリジナルが再現されている」<br />
<br />
スコット・ヒューレイ　／　サーファーズ・ジャーナル編集長<br />
「もし1968年当時、あなたがサーファーならば絶対に見るべき作品だ。サーファー達の旅、これはクラシックである」<br />
<br />
パシフィック・ロングボーダー誌<br />
「当時のフォルムが美しいが画像が再現されている、宝石のような作品だ」<br />
<br />
<a href="images/Img002.jpg" target="_blank"><img src="images/Img002.jpg.300px.jpg" width="300" height="235" alt="CHILDREN OF THE SUN7" class="pict" /></a><br />
<br />
<a href="images/LOOKINGATFILMFF.jpg" target="_blank"><img src="images/LOOKINGATFILMFF.jpg.300px.jpg" width="300" height="240" alt="CHILDREN OF THE SUN8" class="pict" /></a><br />
<br />
<a href="images/ROOSTERFF.jpg" target="_blank"><img src="images/ROOSTERFF.jpg.300px.jpg" width="300" height="240" alt="CHILDREN OF THE SUN9" class="pict" /></a><br />
<br />
<a href="images/sunrise.jpg" target="_blank"><img src="images/sunrise.jpg.300px.jpg" width="300" height="240" alt="CHILDREN OF THE SUN10" class="pict" /></a><br />
<br />
<a href="images/WAYNEPIHAFF.jpg" target="_blank"><img src="images/WAYNEPIHAFF.jpg.300px.jpg" width="300" height="240" alt="CHILDREN OF THE SUN11" class="pict" /></a><br />
<br />
<br />
<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>サーフフィン　ムービー</dc:subject>
    <dc:date>2008-07-16T16:13:43+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ozartsurf</dc:creator>
    <dc:rights>ozartsurf</dc:rights>
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  <item rdf:about="http://www2.ozartsurf.com/?eid=946988">
    <link>http://www2.ozartsurf.com/?eid=946988</link>
    <title>ファンタスティック・プラステック・マシーン</title>
    <description>ファンタスティック・プラステック・マシーン

1968年度　USA作品　
監督　エリック＆ロウエル・ブラム
1時間24分

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1960年代前半、ＵＳＡのサーフィンは世界一を誇っていた。67年南カルフォルニアのサン・ディエゴでワールドコンテストが開催...</description>
<content:encoded><![CDATA[
ファンタスティック・プラステック・マシーン<br />
<br />
1968年度　USA作品　<br />
監督　エリック＆ロウエル・ブラム<br />
1時間24分<br />
<br />
<a href="http://www.ozartsurf.com/internet_shop/movie/menu/movie_top.htm" target="_blank"><span style="color:#FF0000">ご購入はコチラ</span></a><br />
<br />
<img src="images/FPM_main.jpg" width="121" height="168" alt="ファンタスティック・プラス・マシン" class="pict" /><br />
<br />
1960年代前半、ＵＳＡのサーフィンは世界一を誇っていた。67年南カルフォルニアのサン・ディエゴでワールドコンテストが開催され、カルフォルニアでは地元のデビッド・ヌヒワのハングテンが世界一だと考えられていた。しかしオーストラリアから来た19歳のナット・ヤングが優勝。ナットが乗る短いボードはシドニーのKEYOサーフボードのボブ・マクタビッシュがデザイン・シェープした「ファンタスティック・プラステック・マシーン」というモデルだった。それまで存在しなかったマニューバーで圧倒的な勝利に導いた。<br />
<br />
当時、USAとオーストラリアのサーフィンは競技し始めていた。オーストラリアの著名なジャーナリスト、ジョン・ウィツグはUSAサーファー誌にいかにオーストラリアのサーフィンが世界一であるかを嫌味たっぷり書き戦いを煽った。<br />
<br />
カリフォルニア最強のチーム、ウィンダンシーにオーストラリアで勝負しようと1通の招待状がオーストラリアから届きストーリーは始まる。ウィンダンシーはスキップ・フライ、ミッキー・ムーニョス、マイク・パーパス、レデースのマーゴ・ゴッドフレイと日系のジョエル・ハマサキ等10名、ザ・ベスト・オブ・ベストが選ばれＬＡを出発する。（ミッキー・ドラは除く）途中フィジー、ニュージーランドをサーフトリップしながらシドニーに到着、案内役はボブ・マクタビッシュ。USAの選手達はナット・ヤングを捜すがいない。それでもコンテストは行われオーストラリアのサーフィンがいかに先を切り開いているかが歴然とした。試合後、スキップ・フライとミッキー・ムーニューズはボブ・マクタビッシュとサーフボードについて話をする。<br />
一方、ナットはカリフォルニアから戻ると世界チャンピォンと呼ばれるようになり、サーフィンの純粋さが失われていく事に疑問を抱くようになる。人知れずサーフィンを続け自己追及する。ショートボード革命に欠かせないジョージ・グリノフも登場、ショートボードレボリューションに至る映像がハリウッドがロードムービーとして製作した稀な映画である。タイトルは当時最高のサイケデリックだ。<br />
<br />
現在レジェンドと呼ばれるスキップ・フライ、ナット・ヤング、ボブ・マクタビッシュ、ミッキー・ムーニョス等は、近年再び注目を集めている。歴史的シェーパーとして、革命的ラインを描いたサーファーとして、そして今なお活躍している。その彼等の原点を映し出した作品はサーファーならば「見るべき1作」であろう。<br />
<br />
出演　：　スキップ・フライ、ミッキー・ムーニョス、マイク・パーパス、ミジェット・ファレリー、テッド・スペンサー、ナット・ヤング他。<br />
ロケーション　：　カリフォルニア、フィジー、ニュージーランド、オーストラリア東海岸<br />
<br />
参照　→　NALU<br />
<a href="images/Joel_FPM_NALU.JPG" target="_blank"><img src="images/Joel_FPM_NALU.JPG.300px.jpg" width="222" height="300" alt="ファンタスティック・プラステック・マシーン" class="pict" /></a><br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>サーフフィン　ムービー</dc:subject>
    <dc:date>2008-07-15T20:03:18+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ozartsurf</dc:creator>
    <dc:rights>ozartsurf</dc:rights>
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    <link>http://www2.ozartsurf.com/?eid=946985</link>
    <title>ホットバタードソウル</title>
    <description>ホットバタードソウル
監督　ミック・ウォーター
音楽　ホワイトホース　（アンドリュー・キッドマン、ニール・パーチェス・ジュニア、ティム・ゲイズ（元タマンシャッド）他
2008年度作品

ご購入はコチラ


　
1971年シドニーのテリー・フィッジェラルドが設立...</description>
<content:encoded><![CDATA[
ホットバタードソウル<br />
監督　ミック・ウォーター<br />
音楽　ホワイトホース　（アンドリュー・キッドマン、ニール・パーチェス・ジュニア、ティム・ゲイズ（元タマンシャッド）他<br />
2008年度作品<br />
<br />
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<br />
<img src="images/HTB_main.jpg" width="121" height="168" alt="ホットバタードソウル" class="pict" /><br />
　<br />
1971年シドニーのテリー・フィッジェラルドが設立した前衛的サーフボードメーカーの歴史を描いた作品。69年シドニー、71年ハワイ、76年伝説のジェフリーズベイや70年代から探索が始まった未開のインドネシアへのトリップ等、ホットバータードの歴史は、そのままオーストラリアサーフィンの歴史である。コンテスト以上に個性をモットーに選ばれた個性的なメンバーで構成されるチームは、オーストラリアは元よりテリーが旅した南アフリカ、インドネシア、南太平洋の島々、ブラジル、ヨーロッパ等で活躍する。チームライダーの個性には驚かされる。コンテストに出場せずにスタイルを波の上で表現するアーティストの集団とも言える。70年代後期から80年代コンテストに出場していた頃のデレク・ハインやドタヒチのポトのサーフィンは今見ても圧巻だ。テリー・フィッツジェラルドは今も地元シドニーのノースナラビーン、インドネシアや南太平洋、どこにいてもその日一番の波で昔と変わらぬソウルフルなマニューバーを描き続けている。「サルタン・オブ・スピード」、スピードの皇帝は永遠である。だが圧巻は1976年テリー・フィッツジェラルが滑る南アフリカ、サーフィンのクラシック、古典的名ライドである。<br />
<br />
<a href="images/CoverIdea2.jpg" target="_blank"><img src="images/CoverIdea2.jpg.300px.jpg" width="300" height="190" alt="ホットバタードソウル2" class="pict" /></a><br />
<br />
音楽は、テリー・フィッツジェラルドのコーディネートで、アンドリュー・キッドマン、ニール・パーチェス・ジュニアに加えて「モーニング・オブ・ジ・アース」のサウンドトラックを担当したタマンシャッドのギターリスト,ティム・ゲイズが加わりバイロンベイでの長いセッションを経てホワイトホースが結成された。<br />
このサウンドトラックはオールマンズブラザースバンドのマウンテンジャムの如き過程を経て、このフィルムを大画面で全員で見ながら録音された。ちなみに6回目の録音で全員の納得に至った。差し替え一切なし、全編1時間のインストルメンタルの大作だ。<br />
全員でフィルムを見ながら即効で演奏された。全編のロックギターが絡み合う。<br />
<br />
テリー・フィッツジェラルド<br />
Terry Fitzgerald<br />
スピードの皇帝<br />
<br />
<a href="images/terry_fins.jpg" target="_blank"><img src="images/terry_fins.jpg.300px.jpg" width="206" height="300" alt="ホットバタードソウル6" class="pict" /></a><br />
<br />
1950年シドニー出身　テリー・フィッツジェラルドは1971年ハワイからシドニーに戻ると破産、妻は妊娠していた。金貸しから500ドル借りてVWコンビを購入、その車を担保に銀行から500ドル借りブルックヴェールに家を借りシェープを始めた。ハワイで当時のオーストラリアのボードが役に立たない事を体験すると、ハワイのピンノーズとピンテールを自分のデザインに取り入れた。テリーがシェープしたボードを見てグラッサーは「これは売れない」と判断、テールを狭めるためのウィングやレールトゥーレールの切り返しを安定させる小さなスワローテールは当時としては余りに奇抜過ぎるのが理由だった。<br />
<br />
<a href="images/Fitzy_design_Hi_2-BandW.jpg" target="_blank"><img src="images/Fitzy_design_Hi_2-BandW.jpg.300px.jpg" width="193" height="300" alt="ホットバタードソウル4" class="pict" /></a><br />
<br />
しかしテリーには「スピードこそ全てだ」という強い確信があった。ハワイでテリーのサーフィンは世界中から注目されていたのも他と違うスピードがすでに見えていたからで、さらなるスピードの追求した。余り知られていないがその冬にテリーはディック・ブリューワーに誘われカウアイ島に家に招かれシェープの基本を伝授されていたのだ。<br />
同年末にテリーはホットバタードを設立。名前は1969年アイザック・ヘイズのアルバム「ホットバタード・ソウル」から由来している。コンテストではベルズやスタビーズ、ハワイで優勝「スピードの皇帝」と呼ばれるまでになる。　<br />
<br />
個性的なチームライダーを配して時代をリードした。デレク・ハインド、スティーブ・ウィルソン、ベテア・デビッド、テリーの長男と次男のジョエル＆カイと個性的な顔ぶれは今も変わらない。ライダーはコンテスト主義ではなく自己のサーフィンを追求するスタイルが求められる。<br />
大手サーフィン企業が市場拡大を努める中、ホットバタードは設立当初のファミリー・ビジネスを継続する数少ない成功例である。テリーのスタイルはサーフィンだけでなくオーストラリアの多くの独立系サーフィンインダストリーやアーティストへ大きな影響を与え続けている。<br />
昔からサーフィンのスピードもさることながら運転も速く、波さえあればシドニー／ゴールドコースト間を最速8時間で走った。現在は山奥にまでスピードカメラが設置されておりスピード違反は確実に捕まる。それでもテリーはチューンされたワゴン車で今日も海岸線を突っ走る。<br />
<br />
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<br />
サーフィンワールド誌2008年7月号より<br />
<br />
<img src="images/KYE_Soul2.jpg" width="300" height="198" alt="" class="pict" /><br />
<br />
<img src="images/fitzy_body-torques.jpg" width="300" height="204" alt="" class="pict" /><br />
<br />
<br />
Hot Buttered Soul ホットバタード・ソウル<br />
<br />
デレク・ハインド　「サンセットビーチ、ジェフリーズベイ　ビッグベルズ、そこでのテリーの存在は特別だ。パイプラインのジェリー・ロペスのようにね」<br />
<br />
アンドリュー・キッドマン　「テリーはボードを正しく削った。それも信じ難いシェープだった。さらに　マーティンがエアブラシで人々を魅了し、それは完璧なアートだった」<br />
<br />
Sultan of Speed スピードの皇帝<br />
1971年、テリーはディック・ブリューワーに招かれカウアイ島の自宅で新しいサーフボードのデザインについて時間を費やし理論を進化させた。圧倒的なスピードこそテリーが求めていたデザインで、ブリューワーのアウトラインとテリーのコーンケーブとウィングが試された。特にロッカーとレールは2人のアイディアが見事に融合、ショートボード革命期の最終時点での出来事である。このデザインこそ後世に大きな影響を及ぼしたミニガンのベースである。ホットバタードの設立に付いてテリー・フィッツジェラルドは「ハワイから戻ると破産して妻が妊娠した。金貸しから500ドル借りて車を買ったんだ。銀行へ行きその車を担保に500ドル借り、その500ドルでシドニーのブルックヴェールに家を借りて表をシェープルーム、裏に暮らしていた。」と当時を振り返る。1971年に設立されたホットバタードはかくして設立、そしてオーストラリアで最も革新的なサーフボードメーカーとしての道を歩み始めた。テリーのボードと言えば余りに斬新で他と違い過ぎるので最初はまともには見られていなかったのも事実である。しかし世界のメディアはハワイノースショーアーでのテリーのサーフィンを大きく取り上げ、瞬く間にホットバタードは地元ノースナラビーン一番のローカルブランドになった。金髪の爆発アフロへアーをなびかせてサンセットやワイメアのビッグウェーブを他のサーファーとは全く異なるラインを描き、スピードこそ全てと言い放った。さらにホットバタードを決定的に世界中で有名にしたのは、当時シドニー美術大学の生徒だったマーティン・ワーティンソンのアートであろう。その後サーフボード全面にエアブラシでサイケデリックなデザインを施すのが世界的流行となったが、始まりはテリーのアイディアである。<br />
<br />
スピードを追い求める情熱はサーフボード作りに素早く反応した。70年代多くのプロサーファーは自分のボードは自分で削ったが、中でもテリーのボトムは他と決定的に違った。現在でこそ当たり前なコーンケーブだが、40年代ボブ・シモンズはボードを浮かせるためにコーンケーブを施した。ショートボード革命期にはスピードを得るためにコーンケーブの改良が加えられ、テリーこそ自らのシェープとサーフィンでそれを実証した張本人である。「スケートボードの雑誌を見ていてビックリしたんだ。プールのループで滑っていた。我々のサーフィンにはない何かをインスパイアされた。当時は誰もが異なるアプローチだった。なぜなら誰もが自分のボードは自分で削っていたからね。削ってはお気に入りのポイントで行きサーフィンする。そしてボードは自分のスタイルに合わせて改良された。だからシェーパーは有利だった。自分のサーフボードを自分で改良できる当時のサーファーには多様性があったね。サーフボードを自分好みに削れたからね。」<br />
<br />
テリーの信条はフリーサーフィン。コンテストには熱心ではなかったが波さえあれば何処へでも素早く飛ぶ。「2000ドルかけて南アフリカへ行きコンテストで勝って500ドルを稼ぐ。経済なんか関係ない。それ自体がサバイバルだった」と当時を回想する。しかし71年にはオーストラリア・ナショナルタイトル、ベルズ、デューク・カハナモクではファイナルに残っている。翌72年もデュークでファイナリスト、そしてベルズで優勝。75年には地元ノースナラビーンでオーストラリア・ナショナルチャンピョンを獲得、ハワイのヴェルジーランドで開催されたライトニングボルト・プロコンテストでも優勝、現在のASP（当時はIPS）がスタートするとツアーの半分程度しか回らないにも関わらず総合ランキング9位、80年にはバリで初めて開催されたプロコンテストで優勝している。余りコンテストには熱心ではないと言いつつも結果を残し、しかも自分のスタイルとラインを変えずに勝てるのは見事である。また毎年1月にナラビーンで開催されるワールドプロジュニアは1980年テリーの提案でホットバタードがスポンサーになりスタートした。テリーの発想は「アンダー21が世界に出るための舞台を作ること」でありその精神は現在も変わらず引き継がれている。<br />
<br />
古典的名作サーフフィルム「モーニング・オブ・ジ・アース」と「ファイブ・サマー・ストーリズ」でテリーの71年ハワイを見ることが出来るがそのスピードとラインには脅かされる。またクラシックフィルム「フリーライド」「チュブラースウェルズ」「ファンタシー3作には76年南アフリカ・ジェフリーズベイでのライディングが異なる角度から撮影されたがまさに歴史的ライディング、これぞ「ザ・スタイル」だ。<br />
サーフィンのスピードのさることながら移動の速さも普通でない。昨日まで南アフリカにいたと思えば今日は日本、はたまたフランス、ブラジル、インドネシア、南太平洋の島にいる。それでも年間300日は海に入っている。ホットバタードの歴代のライダーを見れば一目瞭然だ。デレク・ハインド、スティーブ・ウィルソン、ベテア・デビッド、彼等はコンテストに関係ない世界でサーフィンを進歩させている。それも兵ばかりである。例えばデレクはフィンレスサーフィン、ベテアは巨大なチョープーでのトーインと現在も鋭角的な部分でリードしている点も見逃せない。2人の息子、カイとジョエルもコンテストとは関係ない世界で一番尖がっている。ジョエルはアンドリュー・キッドマンのフィルム「リトマス」でウェイン・リンチ大先生とサーフィンするが凍て付くヴィクトリアを裸でサーフィンしている。カイはチョープーの巨大なチューブの中でポーズする。門下生を見ればテリーの血が完全に引き継がれているのが分るであろう。<br />
<br />
　テリー・フィッツジェラルドこそ、オーストラリア・サーフィンの時代をリードする存在である。昨年、南アフリカのジェフリーズベイを皮切りに世界各地で「ホットバタード・ソウル」が上映されているが、76年のヒストリックなライディングを始めインドネシアのシークレットポイントやタヒチでのドラマ等、斬新な映像を見る事が出来る。制作は「ビリーブ」で一躍脚光を浴びたミック・ウォーターズと「リトマス」と「グラスラブ」のアンドリュー・キッドマンである。サウンドトラックはアンドリュー等が完全オリジナルで固めているが、フランスのサーフフィルムフェスティバルで作品同様に最優秀サウンドトラックにノミネートされている。<br />
<br />
デレク・ハンド<br />
「テリーは私を息子のように扱ってくれた。私にとっても　昔と変わらず父のような存在だ。彼は全てを与えてくれた。見返りなんて関係なしにね。テリーに誘われ最高のボードに出会えた。」<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>サーフフィン　ムービー</dc:subject>
    <dc:date>2008-07-15T19:57:47+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ozartsurf</dc:creator>
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    <link>http://www2.ozartsurf.com/?eid=946972</link>
    <title>ストームライダース</title>
    <description>ストーム ライダース　
監督　：　ディック・ホール　&amp;　ジャック・マッコイ
71分
1982年度　オーストラリア制作
★同時期に制作されたショートフィルム｢コングス・アイランド｣14分収録

ご購入はコチラ



　「ストームライダース」のコンセプトは、ニュー・プ...</description>
<content:encoded><![CDATA[
ストーム ライダース　<br />
監督　：　ディック・ホール　&　ジャック・マッコイ<br />
71分<br />
1982年度　オーストラリア制作<br />
★同時期に制作されたショートフィルム｢コングス・アイランド｣14分収録<br />
<br />
<a href="http://www.ozartsurf.com/internet_shop/movie/menu/movie_top.htm" target="_blank"><span style="color:#FF0000">ご購入はコチラ</span></a><br />
<br />
<a href="images/01.jpg" target="_blank"><img src="images/sr90.jpg" width="60" height="90" alt="ストームライダース" class="pict" /></a><br />
<br />
　「ストームライダース」のコンセプトは、ニュー・プレイス、ニュー・フェイス。未開のサーフポイントをソウルサーファーが滑る。一方では1981年、歴史的大波で開催されたベルズビーチやバリ島でのコンテスト等、時代の分岐点にある瞬間も捉えている。バリ島でコンテストが開催される頃、すでにポピュラーなディストネーションとして定着、ハードコアなサーファーは更なる奥地のバージン・ウェーブを探し求めた。日本人プロが出演するニアス、グラジガンのジェリー・ロペス、「アジアの時代」が始まった。<br />
サーフィン映画最盛期の最後に当たる80年代前半、桁外れの劇場公開成功を経て、ビデオ時代に突入。以降自宅でビデオを見る時代に入る。2001年ジャック・マッコイはシドニーのパームビーチを皮切りに世界各地で再び皆で大画面を見ながら興奮するサーフ・フィルム・フェスティバルをリバイバルさせた。音楽はドアーズの「ライダース・オン・ストーム」が使用され話題になったが、他は全てオーストラリアのバンドで固められている。メン・アット・ワークやリトルリバー・バンド、ムービング・ピクチャーズ、スプリット・エンド、チャーチ等はこれを機にアメリカに進出して世界的成功を収めてもいる。<br />
<br />
<a href="images/01.jpg" target="_blank"><img src="images/01.jpg.300px.jpg" width="300" height="196" alt="ストームライダース01" class="pict" /></a><br />
<br />
<br />
ディック・ホールとジャック・マッコイのコンビ、ホール＆マッコイは1977年「チューブラー・スウェルズ」を世に送り出した。その成功を切欠にオーストラリア・フィルム・ファウンデーションの援助25万ドルを得て（当時の日本円で約8500万円）2年を費やし、本作「ストームライダース」を制作した。ディック・ホールは2002年英国女王陛下からサーフィン・フィルムに貢献、受賞。現在もオーストラリアのサーフィン・フィルムを配給し続けている。ジャック・マッコイはビラボンにサポートされ毎年1作のペースで作品を送り出している。2005年「ブルー・ホライゾン」、最新作は「フリー・アズ・ドッグ」とディックとジャックの2人は、今現在も世界をリードするオーストラリア・サーフィン・フィルムの最前線にいる。<br />
<br />
<a href="images/03.jpg" target="_blank"><img src="images/03.jpg.300px.jpg" width="300" height="204" alt="ストームライダース03" class="pict" /></a><br />
<br />
世界のベストポイントをベストサーファーがサーフィンする、しかも最高の時代に！<br />
出演サーファー　：　ウェイン・リンチ、ジェリー・ロペス、ウェイン・ラビット・バーソローミュー、マーク・リチャード、ソートン・ファレンダー、ジョー・エンゲル、モーリス・コール、ピーター・マッケーブ、ショーン・トムソン、テリー・フィッツジェラルド、テリー・リチャードソン他。<br />
<br />
<a href="images/05.jpg" target="_blank"><img src="images/05.jpg.300px.jpg" width="300" height="196" alt="ストームライダース05" class="pict" /></a><br />
<br />
ロケーション　：　☆オーストラリア／キラ、デュランバー、バレーヘッズ、シドニー、ベルズビーチ、ブラフ<br />
☆インドネシア／クタビーチ、クタリーフ、ヌサ・レンボンガン、パダン・パダン、ウルワツ、ニアス、グラジガン<br />
☆ハワイ／サンセットビーチ、ワイメア、オフ・ザ・ウォール　<br />
☆南アフリカ／ジェフリーズベイ<br />
<br />
<a href="images/06.jpg" target="_blank"><img src="images/06.jpg.300px.jpg" width="300" height="204" alt="ストームライダース06" class="pict" /></a><br />
<br />
<a href="images/07.jpg" target="_blank"><img src="images/07.jpg.300px.jpg" width="196" height="300" alt="ストーム ライダース　07" class="pict" /></a><br />
<br />
※　ボーナス・トラック　｢コングス・アイランド｣<br />
ジャック・マッコイ制作のショートフィルム。ゲーリー“コング”エルカートンが主人公のショートフィルム。ラビット・バーソローミュー、チャッピー・ジェニングスが友情出演。<br />
<br />
<a href="images/congsisland.jpg" target="_blank"><img src="images/congsisland.jpg.300px.jpg" width="260" height="300" alt="コングスアイランド" class="pict" /></a><br />
<br />
<br />
<a href="images/10.jpg" target="_blank"><img src="images/10.jpg.300px.jpg" width="300" height="196" alt="ストーム ライダース　10" class="pict" /></a><br />
<br />
１　「偉大なるハワイのサーフィン一族、エディー・アイカワに捧げる」と始まる。1977年、帰らぬ人となったアイカウ一族のエディーは古代ポリネシアンの文化と伝承を再現するために、太平洋を航海していた。ホクレア号は嵐に遭難する。エディーは助けを求めて一人パドルで陸を目指したが2度と戻ることはなかった。今ではハワイアン・ビッグ・ウエーバーの偉大なる象徴としてハワイ・ワアベイでエディーを偲ぶコンテストをクイックシルバー社により開催され続けている。　<br />
<br />
<a href="images/11.jpg" target="_blank"><img src="images/11.jpg.300px.jpg" width="300" height="222" alt="ストーム ライダース　11" class="pict" /></a><br />
<br />
２　シドニー・オーストラリア<br />
1976年プロサーフィンが産声を上げて以来、現在のＷＣＴに至るまでオーストラリアは常に主要なメンバーである。当時はゴールドコーストからトップが輩出されたが80年代に入るとシドニー勢がトップを取り、21世紀に入ると再びミック・ファニング、パーコ、ディーン・モリソンのクーランガッタ・ボーイズがゴーイングオフしている。それでも多くのサーフィン産業、メディアが集中するのがシドニーである。<br />
<br />
<a href="images/15.jpg" target="_blank"><img src="images/15.jpg.300px.jpg" width="204" height="300" alt="ストーム ライダース　15" class="pict" /></a><br />
<br />
３　マーク・リチャード<br />
79年、81年、82年3度の世界チャンピョン、マーク・リチャード（ＭＲ）と言えばツインフィン。当時のＭＲサーフボードが再び人気を得ているのでご存知の若いサーファーも多いかと思うが、他と全く異なるスタイルは「傷ついたカモメ」と形容された。両手を翼の様に広げながら極端なクローズドスタンスで波を舞う姿は唯一無二、今もってＭＲに似たスタイルのサーファーを見た事がない。最盛期のＭＲのフルライドは地元のニューキャスルズ、ベルズビーチ等で撮影された。<br />
<br />
４　サイモン・アンダーソン　＠ビッグ・ベルズ<br />
1981年ベルズビーチでのリップカールプロは歴史に残る大会となった。シドニーのコークプロでサイモン自らデザイン・シェープしたトライフィンで優勝、続くベルズは歴史的な15フットの大波が押し寄せる中、他と異なる圧倒的なマニューバーで優勝。これでトライフィンが世界の標準になった。その81年のコークとベルズでのサイモンの圧倒的なマニューバーこそ近代3フィン時代の幕を切って落とした。歴史的大波と察したジャックはヘリコプターをチャーターして空中からの撮影に成功、陸ではディックが16ミリのカメラで歴史を記録した。<br />
<br />
５　ウェイン”ラビット”バーソローミュー　＠バーレイ<br />
1978年世界チャンピョン、現ＡＳＰ会長、ゴールドコースト出身で現在もそこに暮らすウェイン・バーソローミューのサーフィンは攻撃的だが一方では芸術的チューブをメイクする。2003年にはスナッパーからサウスキラまで続く1,６キロ続く波を2分以上かけてのり、その半分以上チューブの中にいた。30年以上世界のトップに君臨するラビットが81年キラ、バーラー、デュランバーといった地元の波を紹介している。<br />
<br />
<a href="images/MRandRabbit.jpg" target="_blank"><img src="images/MRandRabbit.jpg.300px.jpg" width="204" height="300" alt="MR & Rabbit" class="pict" /></a><br />
<br />
６　バリ<br />
ウルワツでの2回目のコンテスト、ジム・バンクスとテリー・リチャードソンのファイナルを中心に、オージーチームのバリでのヌサレンボンガンへのトリップ、ウルのトム・キャロル、前回優勝のテリー・フィッツジェラルドのサーフィンも収められているが、テリーのサーフィンは得点では計り得れないサーフィンのアート性がある。グレッグ・ハグリンの「ファンタシー」のジェフリーズベイ同様、テリーファンは必見、バックサイドの1本である。<br />
<br />
７　ピーター・マッケーブ　＆　ソートン・ファレンダー　＠パダンパダン<br />
コンテストをドロップアウトしたソートン・ファレンダーは旅を続けるうちにそうサーファーの域に入りバリ滞在中のピーター・マッケーブとパダンを滑る。ピーターはジェリー・ロペスとも親交の深いハードコアなサーファーとして知られている。ソートンは波の中腹でターンをしてバックサイドでは困難なチューブをグラブレール＆レイドバックでメイクする。ピーターは豪、ボトムターンから波の高いポジションをキープしてチューブイン、メイクするとすかさずスラッシュを決める。フロント＆バックサイドのアート的サーフィン。<br />
<br />
８　ショーン・トムソン　＠南アフリカ　Jベイ<br />
<br />
９　ジョー・エンゲル　＠ゴールド・コースト<br />
トム・キャロルと同世代で競っていたジョー・エンゲルはジュニアで優勝してトッププロへの道が約束されていたサーファーである。<br />
<br />
１０　ジャパニーズ・サーファー　＠ニアス<br />
1981年6月　サーフィンクラシック誌の編集長、石井秀明自ら指揮を取り添田博道、蛸操、市川武、戸倉はディック・フール、ソートン・ファレンダー、ジョー・エンゲルとマレーシアで合流。一路にニアスを目指す。勝浦ほどの湾には完璧なライトハンダーが四六時中チューブを巻き「ここがパラダイス」である事を確認、これを気にバリ島以外のアジアに目が向けられ始めた。こうしてサーフィン界は、ハワイ、カリフォルニア、オーストラリア一辺倒から一気に「アジアの時代」へ向った。この年、サイモン・アンダーソンがトライフィン（スラッシャー）で世界のサーフィンを変革したのだが、ソートンのボードはゴールドコーストの名匠デック・バン・ストラーレンがシェープした6,3’シングルフィンである。ベルズでサイモンがトライフィンで大波を制したのが3月、ニアスの撮影は6月、あえてシングルフィンを選んだソートンのサーフィンはある意味、アンチ・コンテストだったのかも知れない。<br />
<br />
１１　アジアン・パラダイス<br />
シャロン・オニールが歌うバラード「アジアン・パラダイス」とソートン・ファレンダーのフリー・サーフィンは完全無欠にシンクロナイズした。ニアス島ラグンディーでのフリーサーフィンは最高に美しい。この章の最後のライディング、深いチューブから出てくると波のトップでレールを掴んで大きなラウンド・ハウスカットバックからバックハンドでスープに当て込むサーフィンは話題になった。<br />
<br />
１２　ハワイ<br />
今も昔も変わらないハワイのツーリズムは偉大だ。81年、歴史に残る最大の南うねりをキャッチしたアラモアナでのシーンが収められている。多くのサーファーがワイプアウトする中、ジェリー・ロペスは完璧なライディングを見せる。<br />
<br />
１3　ノースショアーのステージ、オフザウォール、ワイメアベイ、サンセットビーチ、パイプラインを滑るショーン・トムソン、シェーン・ホラン、バテンス、マイケル・ホー、ボビー・オーエンス、そしてジェリー・ロペスのサーフィンはパーフェクトだ。<br />
<br />
１4　ジェリー・ロペス　@グラジガン<br />
当時はマイク・ボイヤムが独占していたグラジガンの1日ＵＳ100ドルのサーフキャンプは、、心の平和とフル・オン・サーフィンのために毎シーズン、ジェリー・ロペスはここを訪れていた。パイプラインの雑踏を嫌いマスコミに登場しなくなっていた頃を克明に映し出している。<br />
<br />
１5　ウェイン・リンチとドルフィンズ　<br />
ラストを飾るのはイルカである。ウェイン・リンチが人里離れたビーチでイルカと遭遇する。彼等こそ波を自在に滑るヒーローなのかも知れない。南オーストラリアと表記されているが、西オーストラリアのブラフである。今もって僻地であるが以前は完全なシークレットポイントのため実名が伏せられた。ウエイン・リンチとモーリス・コールが、キャンプ生活を通してイルカとコミュニケーションを取るようになり、まさにファイナルに相応しいメッセージである。南オーストラリアと表記されているが、西オーストラリア州のブラフ。かつて誰もここでは16mmを廻さなかった。シークレットして地名を公表する事は許されなかったので、あえて真実を伝えなかった。
]]></content:encoded>
    <dc:subject>サーフフィン　ムービー</dc:subject>
    <dc:date>2008-07-15T19:40:59+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ozartsurf</dc:creator>
    <dc:rights>ozartsurf</dc:rights>
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  <item rdf:about="http://www2.ozartsurf.com/?eid=946962">
    <link>http://www2.ozartsurf.com/?eid=946962</link>
    <title>オン・エニー・モーニング</title>
    <description>「オン・エニー・モーニング」
On Any Morning



監督　：　ロドニー・サンプター
制作年度　：　1974年オーストラリア制作
時間　：　71分

ご購入はコチラ

最高にワイルドでカッコいい70年代100％、パイプラインのチューブをライトニング・ボルトでマスタ...</description>
<content:encoded><![CDATA[
「オン・エニー・モーニング」<br />
On Any Morning<br />
<br />
<img src="images/on_any_morning_cover.jpg" width="64" height="90" alt="オン・エニー・モーニング" class="pict" /><br />
<br />
監督　：　ロドニー・サンプター<br />
制作年度　：　1974年オーストラリア制作<br />
時間　：　71分<br />
<br />
<a href="http://www.ozartsurf.com/internet_shop/movie/menu/movie_top.htm" target="_blank"><span style="color:#FF0000">ご購入はコチラ</span></a><br />
<br />
最高にワイルドでカッコいい70年代100％、パイプラインのチューブをライトニング・ボルトでマスターするジェリー・ロペス。1974年伝説のコークコンテストでのマイケル･ピーターソン（ケリー･スレーターも絶賛）等、今に強く影響を与えているサーフィンを見る事が出来る伝説のサーフィン映画。また当時のファッション、サウンドは時代が回って新鮮でもある。その証拠にこの時代のサーフボードが流行っている。<br />
<br />
<img src="images/image.jpg" width="200" height="336" alt="オン・エニー・モーニング　イメージ" class="pict" /><br />
<br />
1974年当時と言えば、ヒッピー全盛から、ニューエージへ移行していた。またサーフィン界ではショートボード革命期、オーストラリアの極端に短いサーフボードとハワイのピンテールが世界を一世風靡していた。<br />
本作はオーストラリアは元よりハワイ、ＵＳＡメインランドでも劇場公開され大成功を収めた。「モーニング・オブ・ジ・アース」（1972年度）と「フリーライド」（1976年）の中間の頃をしっかり描いた名作である。特に当時の水中撮影では飛び抜けている。<br />
<br />
<img src="images/original_poster.jpg" width="200" height="289" alt="オン・エニー・モーニング　オリジナル　ポスター" class="pict" /><br />
<br />
内容　★ジェリー・ロペスが真っ赤なライトニングボルトでマスターするパイプライン★オーストラリアのビクトリア州ベルズビーチでのイースターコンテスト（リップカール）でのジェリー・ロペス、リノ・アベリラ、ジェフ・ハックマン等ハワイアンとウェイン・リンチ、ナット・ヤング等オージー勢のセッション。★ミジェット・ファレリーとピーター・ドリューエンのシドニー・シークレットでのビッグウェーブ。★74年コークコンテスト世界最初のマンツーマンのマイケル・ピーターソン　★ウェイン・リンチ、ジェリー・ロペス、ナット・ヤング、ジェフ・ハックマンが滑るバリ島ウルワツ。ナット・ヤングのリラックスしたクタリーフも貴重映像。★ニュージーランド・トリップではラグラン他のポイントの真骨頂を見る事が出来る。★ゴールドコーストのチューブ水中シーン等、見所多し。<br />
<br />
著名人からのコメント<br />
<br />
デレク・ハンド　（サーフィンジャーナリスト）<br />
「70年代前半、急激な進化を遂げたシングルフィン・サーフィン（ピンノーズ）の乗り方の基本がここにある。ジェリー・ロペス、ウェイン・リンチ、ナット・ヤング等の完成された芸術的サーフィンから、今、学ぶ事は多い」<br />
<br />
ディック・ホール　（サーフィン映画の巨匠の巨匠「ストームライダース」等の監督）<br />
「70年代前半に撮影された貴重な作品だ。水中と陸から撮影のコンビネーションは今以てサーフィンを伝える大切な手段であり、74年に完成させていた点も注目に値する。」<br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>サーフフィン　ムービー</dc:subject>
    <dc:date>2008-07-15T19:29:11+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ozartsurf</dc:creator>
    <dc:rights>ozartsurf</dc:rights>
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    <link>http://www2.ozartsurf.com/?eid=946959</link>
    <title>ビリーブ</title>
    <description>ＤＶＤ　｢ビリーブ｣　

　

2007年度　オーストラリア制作
監督　ミック・ウォーター
共同制作　アンドリュー・キッドマン
全59分　プラス　ボーナス・トラック
日本語字幕付き

ご購入はコチラ

出演　：　デビット・ラスタビッチ、ディック・バン・ストラー...</description>
<content:encoded><![CDATA[
ＤＶＤ　｢ビリーブ｣　<br />
<br />
<img src="images/believe_main_cover.jpg" width="121" height="168" alt="ビリーブ" class="pict" />　<br />
<br />
2007年度　オーストラリア制作<br />
監督　ミック・ウォーター<br />
共同制作　アンドリュー・キッドマン<br />
全59分　プラス　ボーナス・トラック<br />
日本語字幕付き<br />
<br />
<a href="http://www.ozartsurf.com/internet_shop/movie/menu/movie_top.htm" target="_blank"><span style="color:#FF0000">ご購入はコチラ</span></a><br />
<br />
出演　：　デビット・ラスタビッチ、ディック・バン・ストラーレン、<br />
ナット＆ボウ・ヤング、フィッツジェラルド一家、ジョー・ラーキン、<br />
クリス・ブロック、アンドリュー・キッドマン、ニール・パーチェス・ジュニア、<br />
アッシュ・ペイシー、トィミー・ターナー、スティーブ・クーニー　他<br />
<br />
サウンドトラック　：　アンドリュー・キッドマン、バンド・オブ・フリークエンシー、アフロディジーアクト、ボウ・ヤング、ビューティフルガールズといったオーストラリアのサーフ系及びワールドビート系サウンド<br />
<br />
★★★★★サーファーズ・ジャーナル誌　USA<br />
★★★★★サーファーズ・パス誌　UK　<br />
<br />
登場するサーファーの年代が幅広い。最年少は4歳カイアス・キングから出演者最年長は62歳クリス・ブロックまで、サーフィンおけるソウル、世代伝承されるサーフィン、ライフスタイル、アートワーク等を紹介する。<br />
サーフィンは純粋で人生の目的にさえなり得る、そんな感情がフィルムから伝わる。<br />
<br />
<a href="images/kias.JPG" target="_blank"><img src="images/kias.JPG.300px.jpg" width="300" height="201" alt="カイアス　キング" class="pict" /></a><br />
<br />
<br />
監督のミック・ウォーターは水中カメラマンの名手として知られている。近年ではオーストラリアの国営放送ABCが制作したツナミの被害を伝えたドキュメンタリーシリーズ、インドネシアのオーストラリアによるサーフィン史「ウル32」等、玄人好みする水中撮影は世界のトップクラスである。本作は5年の歳月を経て完成したが、サーフィンの内側を日本人の琴線に触れるタッチで描いている。チューブの中から見る一筋の光、水平線を焦がす朝夕の太陽、水中での超接近撮影、サーファーの目線、全てが音とシンクロする。人選も多彩である。<br />
<br />
<a href="images/mick_water.JPG" target="_blank"><img src="images/mick_water.JPG.300px.jpg" width="300" height="202" alt="ミック・ウォーター制作" class="pict" /></a><br />
<br />
コンテストには一切出場しないソウルサーファー、音楽家として活躍するデビッド・ラスタビッチは、シェーパーのディック・バン・ストラーレン（DVS）とハンドシェープボードの魅力を力説する。｢人は変わり続ける。だからシェープも変わり続ける｣　DVSのボードにのるラスタのスピードとラインはは誰も真似できないアートであり、強い主張を持つライフスタイルに裏付けられている。<br />
<br />
　スピードの皇帝、テリー・フィッジェラルド家の長男カイのサーフィンも個性的でアイリッシュの血を感じてならない。どんなポジションからテイフオフを試み挑戦を繰り返す。そして爆発的チューブをメイクスする。<br />
<br />
<a href="images/kye.jpg" target="_blank"><img src="images/kye.jpg.300px.jpg" width="300" height="200" alt="カイ　フィツェラルド" class="pict" /></a><br />
<br />
親子2代で世界チャンプのヤングファミリーは、ショートボード革命からロングボードの復活を一人で成し得たナット・ヤングは息子ボウに海からの知識を伝え2度のロングボードチャンプに導いた。そして音楽家としてスタートしたボウのライフスタイルは興味深い。ロングボードからフィッシュ、シングル、ボンザーと様々なボードで異なるラインを描くボウは、クラシックとパフォーマンスの両面のバランスが最も華麗なロングボードである。<br />
<br />
<a href="images/bow_young.jpg" target="_blank"><img src="images/bow_young.jpg.300px.jpg" width="300" height="199" alt="ボー・ヤング" class="pict" /></a><br />
<br />
アンドリュー・キッドマンとニール・パーチェス・ジュニアはネオクラシックなスタイルで個性の大切さをアピールする。　そのリュー・キッドマンの「リトマス」から大きく変わったサーフィンフィルムに対して、USAは「スプラウト」でカリフォルニアのカッコ良さを、「ハイドロダイナミカ」で歴史をアピールした。今再びオーストラリアはサーフィンの純粋さをアピールする事で独自性を強めている。ソウルサーフィン、経済活動とは無縁のサーフィンの美しさを伝えている作品と言えるであろう。<br />
<br />
<a href="images/andrew.jpg" target="_blank"><img src="images/andrew.jpg.300px.jpg" width="300" height="218" alt="アンドリュー　キッドマン" class="pict" /></a><br />
<br />
<a href="images/neil_perchasejr.jpg" target="_blank"><img src="images/neil_perchasejr.jpg.300px.jpg" width="300" height="200" alt="ニール・パーチェスJr" class="pict" /></a><br />
<br />
<br />
　72年の名作「モーニング・オブ・ジ・アース」に登場したクリス・ブロックも登場する。アンゴーリー（AUS東海岸）のツリーハウスに暮らしヨガやギターがフィルムに映っていた。現在でも同じエリアに暮らし自分でシェープするボードで凄いサーフィンをしている。味のあるカッコ良いサーフィンである。<br />
<br />
<a href="images/chris_block.JPG" target="_blank"><img src="images/chris_block.JPG.300px.jpg" width="300" height="201" alt="クリス　ブルック" class="pict" /></a><br />
<br />
　インドネシアでの撮影は長期に渡って行われ、同じく「モーニング・オブ・ジ・アース」に登場したスティーブ・クーニーも出演。72年当時15歳で世界最初にバリのウルワツを滑ったサーファーである。今でもインドネシアに通いメンタワイやバリ以東の島々でアドベンチャーを続けている。決して有名ではないがオーストラリアのアッシュ・ペイシーとトィミー・ターナーのチューブはザ・スタイルと呼べる。<br />
<br />
　モーニング・オブ・ジ・アース、アンドリュー・キッドマンの作品が好きな方にはお奨めの作品でしょう。
]]></content:encoded>
    <dc:subject>サーフフィン　ムービー</dc:subject>
    <dc:date>2008-07-15T19:19:17+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ozartsurf</dc:creator>
    <dc:rights>ozartsurf</dc:rights>
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    <link>http://www2.ozartsurf.com/?eid=946943</link>
    <title>ファイブ・サマー・ストーリーズ</title>
    <description>「ファイブ・サマー・ストーリーズ」



制作年度　：　ＵＳＡカリフォルニア　1972年　
監督　：　Greg MacGillivray &amp; John Freeman
時間　：　90分

ご購入はコチラ

70年代サーフィンのアイコン的作品。音楽はビーチボーイズ他。ＵＳＡ全土からハワイ、オー...</description>
<content:encoded><![CDATA[
「ファイブ・サマー・ストーリーズ」<br />
<br />
<img src="images/five_summer_storys_cover_ma.jpg" width="121" height="168" alt="ファイブ・サマー・ストーリーズ" class="pict" /><br />
<br />
制作年度　：　ＵＳＡカリフォルニア　1972年　<br />
監督　：　Greg MacGillivray & John Freeman<br />
時間　：　90分<br />
<br />
<a href="http://www.ozartsurf.com/internet_shop/movie/menu/movie_top.htm" target="_blank"><span style="color:#FF0000">ご購入はコチラ</span></a><br />
<br />
70年代サーフィンのアイコン的作品。音楽はビーチボーイズ他。ＵＳＡ全土からハワイ、オーストラリア、日本でも劇場公開され集客数の記録を更新した。アートワークはリッキー・グリフィン、「フィルモア」等のロックアートで知られるアーティスト。<br />
<br />
ベトナム反戦ムーブメントから端を発したヒッピー文化は70年代に入ると自然回帰と精神主義のニューエイジに移行した。反戦運動、激変するアメリカ、サーフボードは9フットから6フットに短くなった。海というワールドエコロジーがサーフィンを進化させる。世界の激しい変化からエスケープして純粋な世界へ導くのがサーフィンとフィルムは伝える。撮影はハワイのパイプライン、サンセットビーチ、ホノルアベイ、カリフォルニアで出演サーファーはジェリー・ロペス、ジェフ・ハックマン、デビッド・ヌヒワ、テリー・フィツジェラルド、リノ・アベリラ、ビル・ハミルトン等。最高にカッコいい時代のサーフィンとカルチャー、それに時代を超越したメッセージは今もって新鮮である。<br />
<br />
　66年―73年当時、サーファーとヒッピーがクロスした瞬間があった。<br />
<br />
自由を求めた<br />
2つの道、その接点<br />
ヴェトナム反戦と人種差別撤廃が渦巻く真っ只中、<br />
ショートボード・レヴォリューションは勃発した。<br />
既存の概念を打ち壊し、新しい価値観を共有する。<br />
サーファーとヒッピーが同じ方向に進んでいた瞬間、<br />
2つの思想は、自由という同じ価値を創造した。<br />
<br />
サーファー・メット・ヒッピー　<br />
The moments Surfer encountered Hippie<br />
1966−69―73<br />
サーファーがヒッピーと出合った瞬間<br />
時代は急速に変わり始めていた。世界はアメリカVS共産主義、中国原爆実験成功、米ソ核戦略激化と一触即発だった。そして1965年アメリカ軍による北ヴェトナムへの爆撃（北爆）はダムの決壊のごとく世界を変えた。時同じくして全米中に起こった人種差別撤回運動は非暴力主義を訴えるキング牧師の元、黒人ばかりでなく先住民族インディアン、後のハワイアン復興にまで拡大する。しかしキング牧師暗殺で世界は闇に落ちた。ジョンＦケネディーといいアメリカには暗殺という最終手段がある。武力による対抗を訴えた黒人主導者マルコムＸはブラックパンサーの内部抗争から命を落とし仲間達はポリスと戦い死んだ。　　　<br />
1971年スライ＆ファミリーストーンはアルバム「暴動」をリリース、全米中に暴動が勃発。黒人ばかりでなく男女平等権を訴えるウーマンリブ運動も激化、僅か40年前女性には人格が認められなったとは今では想像できない。また酷い環境破壊は企業や国家ぐるみの経済最優先が導いた過ちと気付いた人達が意見を言うようになったのもこの頃で、自然破壊反対勢力の基礎が築かれた。ＴＶやラジオ、新聞、雑誌等のメディアの役割が大きくなるにつれ、物事や事態に対してアンチ主義（反対姿勢）を表現出来る空気が育み始めていたのだ。「一部の金持ちと政治家とそこに集まる自称知識人たちは膨大な不平等を作り出した。それは経済主導の価値決定に他ならない。我々は自由だ！」民衆の叫びはヴェトナム戦争反対と結び付き大きなうねりになり、それは20世紀最大のカウンター・カルチャーとなった。<br />
<br />
<br />
♪一錠のピルで大きくも小さくもなれる<br />
お母さんがくれる薬じゃなくてね<br />
アリスのところへ行けば手に入るやつ<br />
こっくりねずみさんの言った事を思い出して<br />
脳にデリシャスなことをしなさい<br />
「ホワイト・ラビット」ＢＹ　ジェファーソン・エアプレイン<br />
<br />
<br />
アメリカ西海岸は経済的恩恵を受け、アイビーファッションにロングボードで「人生はサン＆サーフ」と誰もが楽しんでいた。1965年、徴兵制が始まると若者は次々と死と背中合わせのヴェトナム戦争へ送り出される。1967年サンフランシスコの小さな町ヘイトアッシュベリーにはキリスト風やインド風、ロックミュージシャン風、平和活動家、徴兵制から逃れて来た若者達が次々とヴェトナム戦争反対を掲げてピースインしていた。ラブ＆ピースに代表されるヒッピーの思想は、アメリカ国内はもとよりインドやネパール、オーストラリア、ニュージーランド、スペイン、イギリス、モロッコ等にまで飛び火した。ドラッグ、宗教、精神世界といった、今までとは異なる価値観が認められ始めていた。<br />
<br />
そんな一団の中に波に乗り生き甲斐を見出すサーファーと呼ばれ、他とは別視されている人種がいた。67年冬ハワイ・オアフ島ノースショーアーでナット・ヤングとボブ・マクタビッシュは車中夜を明かしながらラジオから流れるドノバンの「サンシャイン・スーパーマン」を聴いた。ボブがシェープした短いボードはハワイの大波でも大丈夫か？そんな事ばかり考えていた。彼等は長髪に裾の擦り切れたジーンズに上半身は裸、余りのワイルドさにカルフォルニアからハワイに撮影で訪れていたブルース・ブラウンは驚いたと言う。<br />
<br />
1967年オーストラリア東海岸で波に乗ることに専念する者達が同時多発的に発生し始める。彼等は自給自足を目指しながらも近郊の町では地元民と上手くやっていた。戦争反対の平和理念を掲げる波に乗る種族は世代間のギャップをすぐに埋めた。第2次世界大戦と朝鮮戦争で多くの若者を失った苦い経験から、オーストラリやニュージーランドでは若者の数は国家の存亡に関わる事を身を持って体験した世代がいた。だから反戦ムードは若者ばかりか年長者まで浸透した。もっともロングへーアーに薄汚いファッションに嫌悪感を抱く人達も少なくなかった。サーファーは海岸線に広がり、ヒッピーは山に篭り高い自給自足率を保ち始めていた。<br />
<br />
1969年平和を求めて40万人がウッドストックに集まり3日間の予定が4日目の朝を迎えて、やっとファイナルのジミ・ヘンドリックスと新しく結成されたばかりのバンド・オブ・ジプシーの初音、チューニグが始まった。どのバンドもエキサイトし過ぎて演奏時間を大幅に上回ったのが原因である。ジミヘンは｢星条旗よ永遠なれ｣を爆発的ギターで演奏した。白のフェンダー・ストラトキャスターはトレモロアームに引っ張られて北爆する音を再現した。徴兵制で若者が戦火に送られていく、彼等はどんな気持ちで片田舎に集まったであろうか？ <br />
<br />
67年から69年、ニューヨークでドラッグ体験した横尾忠則先生は「意識の革命」と語った。そして当時を「みんな頭を抱えて大音量でロックを聴いている。イギリスから来たクリームというバンドで3人とも薄汚かったよ。明日、赤紙が自分にも届くかもしれない、そんな状況で人間は正気でいられるわけがない」と書いている。話は飛ぶがアメリカのロックやアートカルチャーは64年ビートルズ、66年ミニスカートのツイギー等、ロンドン発がリードしている。67年ビートルズは「サージャント・ぺッパ−・・」ストーンズは「サタナティック・マジェスティック・・」でサイケデリックを音に具体化、クリームの爆音はサイケデリックロックの真骨頂として認められた。ちなみにサイケとは脳にデリシャス、だそうだ。ビ−チボーイズ全盛から一変して破壊的なロックが主流になると、ロックはたただの音楽ではなく強いメッセージを伝えるものになった。それまでの平和極楽恋愛ものから政府を批判したり反戦を訴えたりドラッグ体験を歌ったりメッセージ色が強くなる。それらに扇動されるかのごとく、多くの者が極端な宗教、ドラッグ、自然回帰主義といった現存の自己を開放する方向に向った。何かにすがりつきたい当然の理由はゴロゴロしていた。むしろそれらを拒む者は徴兵制や現存の政府を肯定する対場と見なされた時代であった。<br />
<br />
サーファーはカウンター・カルチャーを好む習性があるのであろうか？ある、サーフィン自体が刹那であるからだ。現存を破壊して先に進む、変化こそサーファーの宿命である。戦争や人種差別とは別世界の理想郷を早くから求めたためヒッピーと遭遇出来たのであろう。同時にアンチ政府な姿勢や現存の社会への不満は彼等の思想とも一致した。またサーファーはヒッピー以上にサイケデリックなイルージョンを現実のものにするために努力する事も惜しまなかった。チューブライディングである。<br />
<br />
一部は常軌を逸し始めていた。象徴的な事件はヒッピーのカルト的教祖だったチャーリー・マンソン一団によるシャロン・テート殺害事件、それにローリング・ストーンズのロンドン・ハイドパーク無料コンサートで警護団ヘルスヘンジェルズに黒人青年がビリヤードのキュウで叩き殺された事件であろう。ちょうど不吉な曲「悪魔を哀れむ歌」がスタートした最中だった。この曲のレコーディング中、ぶっ飛んでいた頃のストーンズの象徴オリジナルメンバー、ブライアン・ジョーンズは自宅のプールで謎の死を遂げている。レインボーカラーのヒッピー思想は行き止まりを見えさせ始めていた。ジョニー・ミッチェルは「60年代、人々は理想という夢を持っていた、70年代夢を捨てた人たちは自己を求めて旅に出た。80年代それにも飽きたらなくなった人たちは金を求めた。」と言った。<br />
<br />
1975年アメリカのヴェトナム戦争は北ヴェトナムの勝利により終焉を向えた。<br />
帰還した戦士達の多くが症候群に悩まされている。もちろん当事者ヴェトナムでは枯葉作戦の影響が後世まで人々を不幸にしている。そして舌も乾かないうちにまた事が起こる。反省が出来ないのが人間の運命なのか。90年代の湾岸戦争しかり戦争は続く。1966年、戦争反対と叫びながらデモを始めた若者達は巨大なムーブメントを世に送り出した。彼等は知っていた。「自分ひとりでは何も出来ないけれど皆が集まれば巨大なパワーになること」を。だからデモやストライキから抵抗を始めた。今じゃ自分だけの裕福を求めて政治や経済は無縁の世界、誰に文句を言えばいいのかさえ見失っている。近年デモや学生運動、ストライキなんて皆無になったが60年代から70年にかけては日常だった。誰もが反対意見を言える時代、フラワーチルドレンが後世にもたらしたのは自由、そして自己責任ではなかろうか？だから彼は破壊したのだ。今、フラワーチルドレンが海の向こうからやってきたら、きっと地球温暖化を止めるために、ピースインをするだろう。<br />
<br />
「花咲く時代の子供達」フラワーチルドレンは、ヒッピーという歴史的ムーブメントを創り出し、それは今もって語り継がれる。<br />
ＬＯＶＥ＆ＰＥＡＣＥ　ファーエバー　２００７<br />
<br />
<br />
<br />
ティモシー･レアリーは語った　<br />
「サーファーこそダンスの意味を知る種族である。」１９７6年　 <br />
<br />
スティーブ･ペズマン（Steve Pezman／　1942年カリフォルニア出身、1971年から91年まで20年間USサーファー誌を発行。91年からは広告を最小限にしたサーファーズ･ジャーナル誌を発行して現在に至る。）は、ティモシー・リアリー博士　（カリフォルニア大バークリー校で心理学の博士号を取得後、ハーバード大学教授だった1963年、幻覚剤を学生と実験した事から解雇。その後は｢LSDのメシア（救世主）｣としてヒッピー文化のシンボルになった。1997年他界、本人の遺言通りに米セレスティス社により宇宙に打ち上げられた。）へ　インタビューをした。<br />
<br />
ティモシー･レアリー博士はサーファーを人類の先駆者（神）としてとらえていた。それは人類の屑、人類の無責任な部分とは正反対に位置する存在である。また博士は、人間の最も崇高な運命とは宇宙的な純粋な禁欲主義状態へ発展しつつある存在形態と描写した。それは生命を持つ種のひとつとして人間が到達し得る最高のゴール、到達点である。歴史的に振り返れば、人間は豊かな生活を求めて川岸に面した断崖絶壁に商業都市国家を建設しながら発展した。その日の糧を蓄える事から始まり、必要以上の糧を蓄える事に専念して、蓄えている糧の量が多ければ成功者として認められた。しかし博士は、それは偽りの偉業で、存在理由すら偽りと強く語った。博士曰く、サーファーは、地上のどの部族より早くこの事実、｢ダンスこそが全てであること｣を悟っていた。サーファーこそ見習うべき生きたる見本である。｢今、ここに、存在する／Ｂｅ　Ｈｅｒｅ　Ｎｏｗ｣という完璧なサンプル、それがサーファーである。そしてチューブライディングこそ完璧な実例である。君はそこで連綿と続く時間の中の一瞬のために生き、君はバレルになるチューブに包み込まれ、君の波跡は背後に消えつつ、君の足跡は砂上の波に洗い去られる。君がどこにいたか、君がどこへ行くつもりかは問題ではない。その瞬間どこにいるかが全てだ。サーファーはそのために生き、その瞬間を少しでも多く得る為にサーファーは人生を設計している。ある意味で、この事実こそ地上で生活する人間が求め得られる最高位置への到達なのである。かくして私は、人間とはこの使命を実行する事で社会秩序へ参加する部族だという考えるに至った。さらに教授は陸と海との境界線を維持する事の重要性を語り、富の蓄積など、ダンスに見合うだけの価値がない事を教えてくれた。　博士との会話で、私はサーファーであること、波を求め、波にのり人生を送ることはOKと確信出来た。さらに私は歳をとり波乗りの技量が衰えようとも、心が身体に取って代わる事も知った。肉体が衰えても努力を続ければ依然として100%でいられる。私のサーフィンが衰えようとも、そこから得られる喜び、報酬は依然として完璧で、得るべき価値のあるものである。
]]></content:encoded>
    <dc:subject>サーフフィン　ムービー</dc:subject>
    <dc:date>2008-07-15T19:00:57+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ozartsurf</dc:creator>
    <dc:rights>ozartsurf</dc:rights>
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</rdf:Bag>
</taxo:topics>
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    <link>http://www2.ozartsurf.com/?eid=945945</link>
    <title>マイク・マカーシー新作CD&amp;amp;DVDリリース情報</title>
    <description>マイク・マカーシーの新作CDが2008年9月1日発売されます。

■タイトル
Mike McCarthy  CD&amp;DVD  “Calm Wind”
マイク・マカーシー　「カーム・ウィンド　/　凪」



￥2,800　（消費税込み）UD-2044
CD+DVD　2枚組ディスク、歌詞小冊子付き
紙ジャケット

ご購...</description>
<content:encoded><![CDATA[
マイク・マカーシーの新作CDが2008年9月1日発売されます。<br />
<br />
■タイトル<br />
Mike McCarthy  CD&DVD  “Calm Wind”<br />
マイク・マカーシー　「カーム・ウィンド　/　凪」<br />
<br />
<a href="images/mike_jacket.jpg" target="_blank"><img src="images/mike_jacket.jpg.200px.jpg" width="200" height="182" alt="マイク・マカーシー　「カーム・ウィンド　/　凪」" class="pict" /></a><br />
<br />
￥2,800　（消費税込み）UD-2044<br />
CD+DVD　2枚組ディスク、歌詞小冊子付き<br />
紙ジャケット<br />
<br />
<a href="http://www.ozartsurf.com/internet_shop/sound/menu/sound_top.htm" target="_blank"><span style="color:#FF0000">ご購入はコチラ</span></a><br />
<br />
<br />
1	Prepared for this<br />
2	Bitterness sweet<br />
3	Calm Wind<br />
4	Fire escape<br />
5	Camouflage<br />
6	All she does<br />
7	Angeline<br />
8	Waiting on the tide<br />
9	Fought and failed<br />
10 Every last piece<br />
11 In a name                                         　　   <br />
Recording at Terrigal / NSW / Australia<br />
Mastering by Steve Smart at Sydney 301 studio<br />
<br />
<img src="images/MikeStudio_small.jpg" width="300" height="200" alt="マイク・マカーシー" class="pict" /><br />
<br />
<br />
サーフ系アーティストとして紹介されたマイクはその壁を打ち破り、サーファー以外からの指示を得始めている。メローでシンプルなライフスタイルこそ現代人の憧れ、ゆったりとした時間の中で暮らし創造された音楽は、「カントリー・ビーチスタイル」として定着し始めてもいる。音楽はＴＰOで選ぶならば、マイクの音楽は波と調和するようなグライド感を味会わせてくれる｢極上のメロー・フィーリング｣と例えられる。本作はレコーディングとライフスタイルにフォーカスを当てたメイキングフィルムDVDが付きます。<br />
<br />
<br />
オーストラリアでの評価は極めて高い。広大な海岸線を回りながら演奏活動を続けるスタイルに共鳴する根強いファンで、ライブはどこも盛況。オーストラリアには珍しく綺麗系レディーのファンが多いのは不思議であるが、彼女達は口を揃えてマイクの事を｢ヴェリー・オージー（とってもオーストラリア人）｣と言う。最近では失われつつ強く優しいオーストラリア人男性の理想像がマイクに見え隠れするのかも知れない。決して容姿端麗ではないし、お洒落もしていない。それでも日本のジーンズメーカー、エドウィンのビジュアルに起用されるからには何か魅力があるのだろう。　　　　　<br />
エドウィン2006ポスター<br />
<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
2005年日本初来日では福岡サンセットライブの他、鹿児島、小田原ではＫＥＩＳＯＮと競演、東京のオーストラリア大使館でのパーティー、インターＦＭややＦＭ横浜のサーフィン系番組に生出演と｢日本のタウン＆カントリー｣を旅した。<br />
2006年は、国内最大のサーフ系ミュージック＆アートイベント、グリーンルームに出演。また新宿、渋谷、原宿、ＦＭ横浜、インターＦＭ、FM802等の都市部に出演。<br />
2007年は、オーストラリアツアーとUSA＆カナダツアーに精力を尽くす。<br />
<br />
<br />
<br />
EP　"SHELTER AND THE SEA” 　UD-2034<br />
1 circling birds　　　　　　　 <br />
2 shelter and the sea　　　　　   <br />
3 lovely is love (live)<br />
4 time to sleep (live)　　　　　<br />
5 wisdom is delight (live)　　　　　 <br />
6 train scare 「live」<br />
<br />
<br />
Album  *Fire Flood Freedom*　UD-2011<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　  <br />
               　  メローなボイスとアコースティックサウンドで自然の美しさを綴る1枚。  マイク自身ロングボードで波と調和するサーフィンをライフスタイルの礎にしている。話題のロングボードフィルム「Line from a Poem」でも使用される。全12曲プラス1曲。<br />
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配給元は　〒１０６−００３１　東京都港区西麻布２−１２−２<br />
TEL  ０３−５４６８−００９０ FAX　０３−５４６８−００９１　<br />
ラッツパック・レコード株式会社<br />
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（有）ルピコ　   WWW.OZARTSURF.COM<br />
〒105-0072　東京都　港区　芝　3-17-15　２０８<br />
?　03-3453-8101　Fax　03-3798-0470<br />
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    <dc:subject>サーフミュージック</dc:subject>
    <dc:date>2008-07-14T11:11:54+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ozartsurf</dc:creator>
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    <title>アンドリュー・キッドマンの｢エーテル｣　が再入荷</title>
    <description>大人気アンドリュー・キッドマンの写真集「エーテル」が再入荷〜販売再開となりました。




「エーテル」について
1977年フィルム｢リトマス｣を発表した際に、1回限りの印刷物｢リトマス｣が販売され完売した。あれから10年以上が過ぎここに完成したのが｢エーテル｣。...</description>
<content:encoded><![CDATA[
大人気アンドリュー・キッドマンの写真集「エーテル」が再入荷〜販売再開となりました。<br />
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<a href="http://ozartsurf.com/internet_shop/photo/menu/index.htm" target="_blank"><img src="images/ether_jacket.jpg" width="110" height="100" alt="ether" class="pict" /></a><br />
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「エーテル」について<br />
1977年フィルム｢リトマス｣を発表した際に、1回限りの印刷物｢リトマス｣が販売され完売した。あれから10年以上が過ぎここに完成したのが｢エーテル｣。<br />
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豪華なハードカバー、限定1000冊の販売で全てにアンドリューのサインが入る。 <br />
<br />
ウエイン・リンチ、デレク・ハンド、カレンファミリー、スキップ・フライ、マイケル・マッキー、マーク・サザーランド、ガス・ディッケンソン等、ユニークにして確立した個性を持つサーファー達のソウルの側面を美しく、辛辣なジャーナリズムで表現している。フィルムでも音楽でも紹介出来ないサーフィンが印刷物に注ぎ込まれている。<br />
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    <dc:subject>サーフィン ブック（本）</dc:subject>
    <dc:date>2008-06-14T19:34:16+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ozartsurf</dc:creator>
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    <title>アンドリューキッドマン写真集 エーテル完売となっております。</title>
    <description>

｢エーテル｣　 日本語訳　｢天空に満ちる霊気　※科学用語では麻酔薬エチルエーテル｣

36センチ四方　252ページ　ハードカバー　高品位印刷 

＊現在、完売となっております。（後日入荷予定です。）

エーテル・ポストカード付き コレクターズ・アイテムの決定版...</description>
<content:encoded><![CDATA[
<img src="images/ether_jacket.jpg" width="110" height="100" alt="ether" class="pict" /><br />
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｢エーテル｣　 日本語訳　｢天空に満ちる霊気　※科学用語では麻酔薬エチルエーテル｣<br />
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36センチ四方　252ページ　ハードカバー　高品位印刷 <br />
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<span style="color:#FF0000">＊現在、完売となっております。（後日入荷予定です。）</span><br />
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エーテル・ポストカード付き コレクターズ・アイテムの決定版、限定販売開始。 <br />
アンドリュー・キッドマン2冊目の写真＋アート＋インタビュー集。 <br />
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2008年1月末より日本国内発送開始。 <br />
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1977年フィルム｢リトマス｣を発表した際に、1回限りの印刷物｢リトマス｣が販売され完売した。あれから10年以上が過ぎここに完成したのが｢エーテル｣。<br />
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豪華なハードカバー、限定1000冊の販売で全てにアンドリューのサインが入る。 <br />
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ウエイン・リンチ、デレク・ハンド、カレンファミリー、スキップ・フライ、マイケル・マッキー、マーク・サザーランド、ガス・ディッケンソン等、ユニークにして確立した個性を持つサーファー達のソウルの側面を美しく、辛辣なジャーナリズムで表現している。フィルムでも音楽でも紹介出来ないサーフィンが印刷物に注ぎ込まれている。 <br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>サーフィン ブック（本）</dc:subject>
    <dc:date>2008-03-26T16:41:36+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ozartsurf</dc:creator>
    <dc:rights>ozartsurf</dc:rights>
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    <title>Blue Yonder</title>
    <description>

Blue Yonder

ジェームス・マクミラン(James McMillan) a journey into the heart of Surf Culture 

1969年　南シドニー出身。現在はバイロンの山奥に住む。著名なサーフジャーナリストのデレク・ハインドは｢ジェームスのサーフィンは南シドニー・クラナラが生ん...</description>
<content:encoded><![CDATA[
<img src="images/blue_yonder.jpg" width="110" height="100" alt="Blue Yonder" class="pict" /><br />
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Blue Yonder<br />
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ジェームス・マクミラン(James McMillan) a journey into the heart of Surf Culture <br />
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1969年　南シドニー出身。現在はバイロンの山奥に住む。著名なサーフジャーナリストのデレク・ハインドは｢ジェームスのサーフィンは南シドニー・クラナラが生んだシェーン・ホラン、オッキー等に匹敵する技術とソウルを持っている｣と言う。一方、文章力とアート、表現方法においても独自の視線で異なるアプローチを行う。手法はオイルペインティングから水彩、エアブラシ、ペンシル、フィンガー等、文章から気品高く説得力溢れるジャーナリズムが感じ取れる。 <br />
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品番:UD-6002 ￥5,670　(消費税) <br />
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<a href="http://www.ozartsurf.com/internet_shop/photo/menu/index.htm" target="_blank">お買い求めはコチラから</a>　 <br />

]]></content:encoded>
    <dc:subject>サーフィン ブック（本）</dc:subject>
    <dc:date>2008-03-26T14:50:37+09:00</dc:date>
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    <title>アンドリューキッドマン新作アルバム</title>
    <description>

The brown birds from windy hill“three sails to the wind” / Andrew Kidman

2007 年　オーストラリア東海岸バイロンでレコーディングされ南オーストラリア・アデレイドでミキシング、マスタリングされた本作は、アンドリュー・キッドマンとニール・パーチェス・...</description>
<content:encoded><![CDATA[
<img src="images/brown_birds160.jpg" width="160" height="160" alt="アンドリュー　キッドマン" class="pict" /><br />
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The brown birds from windy hill“three sails to the wind” / Andrew Kidman<br />
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2007 年　オーストラリア東海岸バイロンでレコーディングされ南オーストラリア・アデレイドでミキシング、マスタリングされた本作は、アンドリュー・キッドマンとニール・パーチェス・ジュニア（ NPJ ）の 2 人のサーファーが創り上げた 21 世紀現在のリアル・サーファーズ・サウンドである。アンドリュー・キッドマンは 1997 年｢リトマス｣、 2003 年｢グラスラブ｣の 2 本のフィルムをリリースしているが、｢リトマス｣はビデオ発売される前にサウンドトラック・アルバムが出来ていた。｢グラスラブ｣もしかり、アンドリューはフィルムと平行してサウンド制作に撮影と同じ、時にそれ以上に精力を注いでいる。さらにこの間にソロアルバム｢スペース・イン・ビィトウィーン｣をリリースしている。またミック・ウォーターズと共同でニューフィルム｢ビリーブ｣と｢ホットバタード・ソウル｣を制作したが｢ホットバタード・ソウル｣では全編サウンドトラックを担当した。 <br />
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<a href="http://www.ozartsurf.com/internet_shop/sound/menu/sound_top.htm" target="_blank">お買い求めはコチラから</a>
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    <dc:subject>サーフミュージック</dc:subject>
    <dc:date>2008-03-26T14:46:00+09:00</dc:date>
    <dc:creator>ozartsurf</dc:creator>
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